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自分用備忘録的な何か。

レトロゲーム回顧録その13 ファイナルファンタジー

いまや、ドラゴンクエスト(以下ドラクエ)と並ぶ国民的RPGとなった「ファイナルファンタジー(以下FF)」の一作目が出たのは、自分が小学生の頃だった。

ファイナルファンタジー

ファイナルファンタジー

 

それからしばらくして、クラスの友達がFFを買ってクリアしたということで、攻略本ごと貸してもらったのが、初めてFFに触れた瞬間だった。

ちなみにこの攻略本、今ではとても考えられないことだが、ドラクエIIIとFF1と、もう一つなにかのゲーム(なんだったかは忘れた)の三つの攻略本が一つになったものだった。すでに手元にないので確認のしようがないが、あの頃はおおらかな時代だったということだろうか…

 

FFはドラクエと違って、初めからバッテリーバックアップ機能付きだったが、残念ながら一つしかセーブデータを保存しておけないので、友達のデータを消して遊ぶことになる。それでも、当時は同じゲームを何度もクリアしたりして遊びつくしていたので、その辺りは個人的には問題ではなかった。

 

ゲームを開始すると、突然フィールド上にキャラクターが放り出されている。


ファミコン OP タイトル ファイナルファンタジー 1987年12月18日発売 - YouTube

ドラクエのように、誰かがメッセージで行き先を示してくれるわけではないので、まず一瞬驚く。そして、話が少し進むと、最初の島から先に進める橋がかかり、そこに差し掛かった時に画面上にナレーションが現れ、オープニングタイトルが出る。


FC - FF - YouTube

このあたりからしてドラクエとは違う何かを作ろうというスタッフの意気込みが伝わってくる。子供心には、手取り足取り導いてくれるドラクエよりもオトナな雰囲気を感じさせるゲームだった。

 

このオープニングタイトルの件だけでなく、FFは徹底的にビジュアル面を重視して制作されている。

ゲーム開始時にはクラス(今で言うジョブ)を自由に選ぶことができ、そのクラスによってキャラのグラフィックスが違っている。途中のイベントで上級職にクラスチェンジすることができるが、その時にもグラフィックスが変更されるようになっている。

戦闘はサイドビューで、自分のパーティと敵の姿が同時に見えるようになっていて、魔法を使用すれば、属性別の色でダメージを与えているような効果がわかるようになっているし、瀕死になれば跪き、死亡すればキャラクターがばったり倒れるようになっている。

ドラクエが、ウィザードリィのように戦闘の状況をテキストで伝えようとしたのに対し、FFは出来る限り見た目で説明しようとしたのだ。この方向性はシリーズを重ねるごとに強化されていき、FFVIIで一つの頂点を極めることになる。

 

ただし、ゲーム全体のシステムはドラクエよりも遥かにウィザードリィ寄りで、キャラメイキングから始まり、戦闘時には攻撃回数の概念もあるし、魔法はMP制ではなく回数制で、どのレベルの魔法も最高9回までしか使用することは出来ない。しかも、魔法は各レベル4種類あるのに、覚えられるのは3種類までで、覚え直すことができないため、重要な取捨選択を迫られるのだ。オマケにお店で買う方式なので、装備に費やすお金との兼ね合いも考えなければならない。

ステータス表示も、ドラクエのようにマルチウィンドウでシームレスに表示されるのではなく、スタートボタンを押すことにより「メニュー画面」に移動することで確認できる。これはウィザードリィでいうところのキャンプに近い。しかも、そのメニュー画面では取得したクリスタル、所持金、自分のパーティのステータスを一覧で見られるようになっている。ドラクエ後、数多くのRPGがドラクエを倣って深い階層メニューを導入していた時代、FFはこういうところでも違いを出そうとしていた。

 

さらに、他のRPGとの大きな違いが、多彩な乗り物の存在と、そのスピードだ。船に乗れば移動スピードは二倍になり、飛空艇に乗れば四倍になる。しかも、飛空艇に乗っている間は、敵とエンカウントもしないのだ。飛空艇を手に入れたばかりの時は、嬉しくて特に目的もなく飛び回ったのを覚えている。

ちなみに、当時のファミコンのスペックで高速移動のプログラムを組むのは相当高度なテクニックが必要だったらしいが、当時のスクウェアにいた天才プログラマーであるナージャ・ジベリがそれを可能にした。FFIIIの超高速飛空艇のスピードが実現できたのも彼のプログラムのおかげだったらしいが、それが高度すぎたため、FFIIIが他のハードに移植されるまでに、ハードの進化を待たねばならなかったという逸話すらあるほどだ。

 

 FFのストーリーは、序盤の中ボスが、2000年の時を超えて強大な力を手にし、最後にラスボスとして立ちはだかるという熱い展開…なのだが、少々わかりにくい。

当時のファミコンのスペックでは、グラフィックス的に2000年という時の流れを表現することができておらず、複数のキャラクターのセリフが一つのウインドウに同時に表示されるという、独特の会話システムも相まって、小学生時代の自分にはいまいちピンとこなかった。話の仕掛け自体は面白かっただけに、今にして思えば勿体無い気もする。

 

ドラクエシリーズが、いまでも中世ファンタジーの世界観を頑なに守っているのに対し、FFはシリーズを重ねる毎に未来的な世界観へとシフトしていった。だが、元々一作目から飛空艇は出てくるわ、タイムスリップはあるわで、結構SF要素のあるRPGだったのだ。

この、少々詰め混み過ぎなのではないかとも思えるFFには、当時経営に行き詰まりつつあったスクウェアの「最後の夢」という意味が込められている。これが売れなかったら会社をたたむつもりだったという話も出ていたらしい。だが、大ヒットとはいかないまでも、50万本というスマッシュヒット(当時はこれでもスマッシュヒットなのだ)を飛ばし、その後シリーズ化されることになったのは有名な話だ。

※後に坂口博信自信が、その話を否定している。どうやら作られたお話だったようだ。

 

でも、まさかそれから30年近くの時を経て、ホストみたいな格好した主人公たちが車に乗ってドライブするゲームになるとは、天才プログラマーのナージャでも思いもよらなかったと思う。

彼は、今のFFを見てどう思うのだろうか?


2014「FINAL FANTASY XV ジャンプフェスタ2015 トレーラー」 - YouTube

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