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自分用備忘録的な何か。

レトロゲーム回顧録その19 ドラゴンクエストIII そして伝説へ…

ゲーム レビュー レトロゲーム ドラクエ

「ドラゴンクエストIII そして伝説へ…(以下ドラクエIII)」は、「社会現象としての発売日の行列を、初めて巻き起こしたファミコンソフト」といっても過言ではないだろう。

ドラゴンクエストIII

ドラゴンクエストIII

 


ドラクエⅢに大行列 - YouTube

発売日の2月10日(水曜日)には、テレビでもその行列の模様が伝えられ、学校を休んでドラクエIIIを買いに行った小学生が、帰りに中学生に恐喝被害にあった…などというニュースも報道された。

これ以降、歴代のドラクエシリーズは、子供が学校を休んだりしないように、発売日を土曜日に設定することになる。

 

自分も当然ドラクエIIIは発売日に欲しかった。だが、田舎のおもちゃ屋にはそんなに沢山入荷しなかったので、予約しても入手できるのは当分先だった。当時のゲームは、今のようにディスクメディアではなく、マスクROMのカセットだったので、追加生産に数ヶ月かかることなどザラであった。

ちなみに、自分はおもちゃ屋の予約ノートの13ページ目で、実際に買えるまで三ヶ月もかかってしまった。その頃には、発売日に買った友達はとっくにクリアして、そこから漏れ伝わってくるネタバレ話をなるべく聞かないようにしながら、悶々とした日々を過ごしていたのだった。

 

ドラクエIIIでは、新たにキャラクターメイキングの要素が加わった。ルイーダの酒場という場所で、自分の仲間に名前を付け、職業を決めるのだ。要は、ドラクエの元ネタの一つである、ウィザードリィのようなシステムを、三作目にして取り入れたのである。一作目と二作目が、日本人に向けたRPGのチュートリアルだとすれば、このドラクエIIIは、まさに堀井雄二が作りたかったRPGの姿そのものだったのではないかとさえ思える。

 

そして、ゲームのボリュームは格段に増えた。

多彩な職業が存在することにより、攻略の仕方にも幅が生まれ(推奨パーティはあるものの)「誰がやっても同じ」ではなくなった。それにともなって、各職業専用の装備なども増え、呪文の数も大幅に増加した。現在のドラクエシリーズにおける装備や呪文体系は、ドラクエIIIがベースになっていると言ってもいいだろう。

冒険の舞台は実際の世界地図を模したもので、各地に城や町が点在していた。

更には昼と夜の概念があり、夜は敵とのエンカウント率も高くなるうえ、夜しか出てこない敵やイベント等もあり、とても256キロバイトという容量で作られているとは思えないほど盛りだくさんの内容だった。

あまりに詰め込み過ぎたせいか、ゲーム冒頭のタイトル画面はなく、真っ暗な画面に「DRAGON QUEST III」と表示されるだけの簡素なものになってしまった。それでも、小学生時代の自分には逆にシンプルで格好良いタイトル画面に見えてしまったりしていた。不思議なものである。

 

IIで不評だったバランス調整にはかなり腐心したらしく、全編にわたって素晴らしい仕上がりになっている。

新しい拠点に着いたら、レベルを二つか三つ上げるくらいで、その辺りのエリアをそこそこ歩けるようになり、その町で買える装備を全て手に入れる頃には、楽に勝てるようになっている。そして次の町に行く準備を整え、辿り着く頃にはわりとHPとMPがカツカツになっていたりする。

極端に縛ってみたり、やたらレベル上げをしたりせず、普通に進めているだけなら、絶妙なバランスで冒険を楽しむことが出来る。

さらに、途中のダーマの神殿ではレベル20に達したキャラクターの職業を変えることが出来る。ステータス値は半分になり、レベルは1に戻ってしまうが、それまで覚えた呪文は引き継がれる。このシステムにより、より自由に自分好みのパーティを育て上げることが出来るのだ。

 

さらに、小学生の大きな味方であり、敵でもあったのが「冒険の書」だ。

ドラクエIIIにはついにバッテリーバックアップが採用され、もうあの長い「ふっかつのじゅもん」を入れなくても済むのだ。

だが、このバックアップがたまに消えることがあり、消えてしまうと電源を入れた後、呪いの音楽とともに「おきのどくですがぼうけんのしょはきえてしまいました」と画面に表示される。

これは「じゅもんがちがいます」よりも大きな衝撃を伴って、全国のプレーヤーを絶望の淵に突き落とした。おきのどくどころではないこのサウンドは、いまでもトラウマとして残っているという人が大勢いるだろう。

ぼうけんのしょはきえてしまいました - YouTube

 

そして、今でもアンケート等を取ると、ドラクエIIIが最高のドラクエであると言われる最大の理由が、Iから続く「勇者ロト三部作シリーズ」の完結編だということだ。

最初から名前が明かされている、ラスボスらしき存在のバラモスが、本当のラスボスの傀儡でしか無かったという事実を知った時は衝撃的だったし、IIIとそれまでのドラクエシリーズとの繋がりがわかった時には、子供心に「なんて凄いゲームなんだ」と感動したものだ。

III以降に出たドラクエシリーズは、一つ一つが独立した世界であり、基本的にストーリ上の(公式の)繋がりはない。ロト三部作のような「仕掛け」は二度は使えないだけに、このI〜IIIまでの流れをライブで体験出来たのは、本当に幸せだったと思う。

 

ドラクエIIIで「国民的ゲーム」の地位を不動のものにしたドラクエシリーズであるが、この後も発売されるたびに一般のニュースで取り扱われ、ドラクエVIIではついにIIIが打ち立てた販売本数の記録を打ち破った。そして、最新作のXはネットワーク専用ゲームとなり、「誰もが遊ぶゲーム」とは一線を画す方向へと舵を切った。

 

かつて、ドラクエの主人公は、みな「生まれながらの選ばれし勇者」だった。だが、時代の変化の影響からか、V以降のドラクエでは「普通の少年」へと変わっていった。たいていのシリーズでは、旅の途中で自分が世界を救う宿命を背負っていることが判明したりするのだが、生まれながらにして勇者と讃えられる存在ではなくなった。

旅立つ目的も、世界を救うためではなく、あくまでプライベートな理由から旅に出るというシナリオに変わっていった。それどころか「勇者」という存在そのものも、数ある職業の一つに数えられるようになっていった。

変わらないことが美徳であるように捉えられがちなドラクエシリーズではあるが、少しずつ、確実に変わっていっているのだ。

 

だが、願わくば、あの「ロト三部作」のような、壮大な叙事詩をもう一度体験してみたいと思う。

世界を救う、選ばれし勇者として。