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自分用備忘録的な何か。

レトロゲーム回顧録その26 ゾイド 中央大陸の戦い

ゾイド

80年代に小学生時代を過ごした男の子なら、知らない人はいないんじゃないかというくらい、当時はゾイドが流行っていた。

…というのは言い過ぎかもしれないが、とにかく自分の周りでは大流行していた。友達がみんな一つは何かしらのゾイドを持っていたし、自分もゴジュラス、ゴジュラスMkII、デスザウラーという三体のゾイドを持っていた。

そして、当然のことながら、当時同じくブームを巻き起こしていたファミコンでも、ゾイドのゲームが発売された。それが「ゾイド 中央大陸の戦い」だ。

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発売されたのは1987年。ファミコンRPGブームがやってきていた時代なので、このゲームのジャンルもRPGである。パッケージには「スーパーマルチゲーム」とか書いてあるが、なんのことかはよくわからない。

当時ブームの絶頂にあったファミコンゾイドの組み合わせ。売れないわけがないと思うのだが、実際はどのくらい売れたのだろうか。ちょっとデータがないのでよくわからないが、友達の中で持っていたのが自分だけだったので、そんなにメガヒットしたとは思えない。でも、続編は出ているみたいなので、それなりには売れたのだろうか。

 

ゲームのスタイルは、オーソドックスなドラクエスタイルの2Dマップ方式なのだが、敵とのエンカウントは、敵がフィールド上に見えている、いわゆるシンボルエンカウント方式だ。ドラクエの模倣が多かった当時としては、結構珍しいタイプである。

 

戦闘システムに関してはとても変わっていて、敵のシンボルと接触するとコマンド選択式戦闘の画面じみたものが出てくるのだが

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その後、いきなり一人称視点のアクション戦闘に移行するのだ。

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これが結構難しい。

自キャラが出来る動きは基本的に左右に動くだけ。敵への攻撃は中央の照準を上下に動かして狙いを定めるのだが、敵も当然攻撃してくるので、こちらも避ける必要がある。つまり、上下で照準を動かして敵を攻撃しながら、左右で敵の攻撃を避けるという作業を同時にこなす必要があるのだ。

さらに、ファミコンの表示性能の限界から、画面に敵味方の弾が出てくると、スプライト欠けが頻繁に発生して非常に見辛くなる。正直いってしまうと、戦闘中は常に画面がチカチカした状態で戦っていると言っても過言ではない。

このシステムのせいで、このゲームは戦闘に非常に時間がかかる。そして、この戦闘部分が、単調なわりに難易度が高いため、ややクソゲー扱いされているのも事実だろう。特に序盤のバランスの悪さは半端ではないため、その序盤で投げ出してしまった全国の小学生も多いと思われる。

 

そしてこのゲームの問題点は他にもあって、なにかというと世界観が異様なのだ。

このゲーム、出てくるキャラが全てゾイドなのである。「ゾイドのゲームなんだからあたりまえじゃないか」と思う人もいるかもしれないが、このゲームには人間が基本的に出てこない。ゾイドたちが自分たちの意思を持ち、生活を営んでいる世界が舞台なのだ。

一応ゾイドは機械生命体という設定ではあるが、それでも敵として戦うゾイドに「ごじゅらすかくごしろ!」などと言われると、さすがに子供心に「これはなにか違うものだ」と感じざるを得なかった。いわゆる、コレジャナイ感というやつである。

数少ない重要人物(三人くらい)だけは人間なのだが、それ以外の人間が全く出てこないというのは異様ではある。実際、ゾイドは人間が乗って戦うメカだと認識していた小学生時代の自分にとって、主人公ゴジュラスに恋人ゴジュラス(赤い女の子ゾイド?)がいるなどという妙な世界観は、ちょっと受け入れ難いものがあった。

 

ゲーム的には、前述のとおりドラクエタイプのオーソドックスなRPGなので、町で情報収集をして進めていくのだが、ヒントよりも下らないギャグの方が多いんじゃないかというくらい情報が少ない。そのわりにやたらマップが広い。自分は雑誌かなにかに付いていた巨大マップを見ながら遊んでいた記憶がある。

さらに悪いことに、このゲームは移動手段が基本的に徒歩しか無いため、マップの広さが仇になっている。マップは結構単調な景色が続くので、移動はかなりしんどかった。ドラクエで言うルーラ的なものがあれば、もうちょっと印象も違ったかも知れないが、自分の記憶ではそういった移動手段は用意されていなかった気がする。

 

それでも、小学生時代の自分は頑張ってこのゲームをクリアした。だが、それだけ苦労して頑張ったご褒美であるエンディングは、「GAME OVER」と書かれた画面が出るだけだったのだ。 はっきり言ってちょっとした怒りすら覚えた。

だが、これは真のエンディングでは無かったのだ。

実は、ラスボスを倒した後に、そのまましばらく放置することによって、真のエンディングが見られるという仕様だったらしい。

ひょっとしたら攻略本等には書いてあったのかもしれないが、このエンディングに関してはまったくのノーヒントだった。自分も、最近ネットで調べた際に初めて知ったのである。なぜこういう仕様にしたのか全く不明ではあるが、とりあえずネットの動画で二十数年越しに真のエンディングを見ることが出来た。それでこのゲームの印象が変わったかと言われると、特にそういうことはないのだが…

 

最後に、このゲームの一番驚くべき点として挙げておかなければならないのは、音楽を担当しているのが、あの久石譲だということだ。

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当時は久石譲の名前も知らなかった(気にしなかった?)し、それほど心に残る音楽にも思えなかったが、今こうして聞いてみると割といい曲に思えてしまう。子供の頃の感性と今とでは変わってきている事を、こんな所で実感する次第であった。

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