Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

あの日言われた「あなた、病気ですよ」という台詞を、僕はまだ忘れない。

f:id:potatostudio:20150611084627j:plain

目が悪いことを自覚はしていた自分。

まだ東京に住んでいて電車通勤をしていた頃、その時代は携帯電話でネット閲覧など出来なかったので、よく雑誌を買って電車の中で読んでいた。

自分は、サッカーが好きなので、サッカーマガジンやNumberなんかをよくキオスクで買って、電車の中で片手で持って読んでいた。

そういう雑誌にありがちなのだが、大きな写真にかぶせて文字が書かれていることが多かった。自分は、そういう文字をずっと読みにくいと思っていて、特に黒い背景に書かれている白い文字なんて、目を細めないと読めなかった。当然、読んでいるだけでかなり疲れる。

視力検査なんてもう何年もやってなかったが、小学生の頃は両目ともに1.5くらいあった視力が、随分と落ちているのは明らかだった。

とはいえ、この時点では「最近俺目が悪くなったな〜」くらいの認識でしかいかなかった。

 

はじめてのコンタクトレンズ。

地元に帰ってきて、主にディスプレイ作業をする仕事に就いた。ということで、目の悪さというのはちょっと問題だな、と思うようになった。

オマケに、東京時代の会社と違って、今の会社は毎年健康診断がある(いや、あるのが普通なんだけど…)。なので、視力も毎年測ることになるのだが、左0.6 右0.3くらいまで低下していることがわかった。

このままでは車の免許の更新にも差し支えるということで、生まれて初めてコンタクトレンズを作ることにした。会社の同僚も「コンタクトにすると世界が変わりますよ!」などと言っていた。

そして、眼科に行って機械で何か測定してもらったのだが、どうも様子がおかしい。機械では自分の目は測定できないようなのだ。その後、色々な検査をして、医師から半分笑いながら言われたのが「物凄い乱視ですね」という一言だった。

なるほど、今まで目が悪いと感じていたのは乱視のせいだったのか。

乱視を矯正するためにはハードコンタクトの方がいいという話だったので、お試しでコンタクトのサンプルを目に入れてみたが、ものすごく痛い。あまりに痛すぎて顔をあげられなかった。暫くの間格闘していたのだが、数十分経った時に医師の方から「ソフトにしましょうか」と提案された。先生のほうが降参した格好だ。

というわけで、3ヶ月の使い捨てソフトコンタクトレンズを購入した。

たしかに、コンタクトレンズを装着していると、あらゆるものがくっきり見えるし、世界が違って見えた。いままで目を細めなければ見えなかった文字などもはっきり見えるようになったし、車を運転していても雨の日の信号機などはとても見やすくなった。

世界は自分が思っているよりも鮮やかだったのだ。

 

続かない素晴らしさ。

3ヶ月経って、コンタクトの交換の時期になったので、件の眼科に行くと驚くべき事を告げられた。

「うち、もう廃業するんですよ」

たしかに、最初に目の検査をしてくれた老医師は、手が震えていて目の診察をされるのが怖いほどだったが、廃業だと!?

というわけで、次からは会社の同僚がコンタクトを作っている「駅前コンタクト」に行くことにした。

だが、そこでも当然機械は反応せず、アシスタントのお姉さんでは自分の目の状態を測ることは出来なかった。結局、お店に入ってから全ての検査が終わるまでに3時間ほどかかってしまった。

今回は、短期間のレンズではなく、1年使い捨てのソフトコンタクトレンズにした。何度もお店に来るのが面倒だったからだ。

だが、そうやってソフトコンタクトを使っているうちに、前々から感じていた問題がだんだん顕在化してきて、自分を悩ませ始めていた。

そう、ドライアイである。

朝8時に装着して、何度も目薬をさしていても、お昼すぎには外したくなってしまう。しかも、コンタクトが目に張り付いてなかなか取れないという事態に陥ったことも、一度や二度ではない。

アクビをすればいいとか、目薬をこまめにさせとか色々周りからアドバイスを貰ったのだが、どうしても我慢することが出来なかった。自分にはコンタクトレンズは合わないのではないかという結論を出さざるを得なかった。

確かに、コンタクトレンズを通して見る世界は素晴らしくクリアだったが、その代償として払うドライアイの方が、目に張り付いたコンタクトを外す際に目を傷つけてしまうだとか、そういうリスクの方が高いと感じ始めていた。

 

意を決してメガネを作りに行ったのだが…

というわけで、コンタクトレンズの使用に限界を感じた自分が取れる道はひとつしか無かった。メガネの作成である。

今回は、町でも評判の眼科に行くことにした。どうせならちゃんとした処方箋的なものを書いてもらって、きちんとしたメガネを作りたいと思ったのだ。

で、その評判のいい眼科でも当然機械は反応せず、医師と看護師が手動で自分の目の検査をすることになった。だが、今回はなんだか見たことのない検査機器がいっぱい出てきて、駅前コンタクトや最初の眼科とは随分と違った検査内容だった。

そして、先生に呼ばれて最初に衝撃的な一言を言われた。

「あなた、病気ですよ。」

なに?

ら、乱視だとは聞いていたが病気だと!?

どうも、先生が言うには、自分は「円錐角膜」とう病気らしい。だいたい6000人に一人の割合である病気なんだそうだ。ということは、日本で2万人くらいはこの病気の人がいるということなんだろうか。

円錐角膜は、角膜が変形して徐々に尖ってくる病気である。角膜が変形してしまうので、うまく像を結ぶことが出来ずに、酷い乱視になったりして視力が出なくなってしまうのだ。

実際自分も、ものが見えないわけではないのだ。視力が低くてメガネをかけている人がよく言う「メガネを外すとぼやけて何も見えない」という状態ではない。ただ、細かい文字や数字、そして視力検査のあの記号が見えないだけなのである。

そういわれると、全てが納得できた。

文字が見にくいのも、普段の生活は裸眼でなんの問題がないのも、そしてハードコンタクトを装着した時のあの耐え難い痛みも、全て円錐角膜で角膜が尖っていたから起きていたことなのだ。

それにしても、駅前コンタクトの医師と最初の眼科の医師は、自分が円錐角膜であることを見抜けなかったわけだ。片方は廃業寸前、片方はコンタクト眼科ということで、ある意味仕方のないことなのかもしれないが、それにしても3軒目の眼科でやっと自分が病気であることがわかるなんて…

結局、現在では車を運転するときや、ディスプレイで細かい文字を見るときだけメガネをかけるようにしている。

円錐角膜自体は、角膜が尖りすぎて先端が濁ってきたりしない限りは、40代あたりで進行が止まるらしい。自分はもうアラフォーで、特に症状が悪化したとは感じていないし、毎年の視力検査も大体同じくらいの数字に留まっているので、おそらくもう大丈夫だろうと思っている。

正直言って、症状が進行しなくて本当に良かったと今は思っている。重度の円錐角膜になると、角膜を移植しなければならないらしいのだ。で、その角膜移植の手術は麻酔をかけるとはいえ、その後、想像を絶する痛みが来るとか何とか…

そんな羽目に陥らなくて本当に良かったと、いまは安堵している。

角膜移植の体験記なんて読んでいると、とても恐ろしくて恐ろしくて…