Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

親馬鹿にだけはなるまいと思っていた時期が、僕にもありました。

f:id:potatostudio:20150713231407j:plain

親馬鹿にだけはなるまいと思っていた。

娘が生まれる前に、いくつか「これだけはやるまい」と思っていた事がある。

一つは、「◯◯でちゅよ〜」などと、赤ちゃん言葉で話しかけること。というより、自分にはそういう事は出来ないと思っていた。従兄弟や友人の子供に接する時も、そういう感じの台詞が口をついて出たことはなかったし、もっと言えば、どう接していいのかすらわからなかった。

そしてもう一つは、「決して親馬鹿にだけはなるまい」という事だった。「うちの子が世界で一番可愛い」とか言っちゃったり、職場なんかで「うちの子可愛いんですよ〜」とかいっちゃったりする様な親にだけはなりたくないと思っていたのだ。

だが、実際に子供が産まれてみると、そんなヤワな決心は一瞬で吹き飛んでしまった。

娘に向かって「パパでちゅよ〜」とか言ってみたり、地方テレビで産まれて間もない赤ちゃんを紹介するコーナーを見ていても、心の中で「ふふ… うちの娘の方が可愛いな…」などと思ってしまったりする。

流石に他の人に向かって「うちの子が一番可愛い」などとは口が裂けても言えないが、それでも心の中でそう思っている時点で十分に親馬鹿だと思う。実際、家では娘に向かって「可愛い」を連発しているし。

 

父親を知らない自分。

自分は、父親の事を全く知らない。2歳の頃に両親が離婚して、母親に引き取られて育てられたからだ。

だからといって、自分が可哀想と感じたことはないし、父親に会いたい、もしくは父親が欲しいと思ったことはない。母と祖父母がそう感じさせないように自分を育ててくれたからだ。その事には本当に感謝してもしきれない。

だが、自分が父親になって、父としてどう子供に接すればいいのか知らない事に気がついた。自分に父親とのスキンシップの記憶が無いのだ。だから、自分も娘とどうスキンシップしていいのかわからなかったのだ。 

自分でいうのも何だが、自分はかなりシャイな人間だと思っている。特に苦手なのが、動物や子供に対してのコミュニケーションで、可愛いと思っていても素直にそれを口に出す事がなかなか出来ない。

娘に対しても、最初のうちはそんな調子だった。

可愛いのは当然実感している。だが、「可愛いね」と言っている自分の話しぶりは、どこか他人ごとだった。それを自覚していたからこそ、自分は怖かった。果たして、この子を自分は心から愛し、育てることが出来るのだろうか、と。

 

娘が自分を「父親」にしてくれる。

だが、娘の月齢が上がるにつれて、自分も少しずつ変わってきた。

自分のアクションに対して、娘が明確なリアクションをするようになってくると、どこか斜に構えた感じで「可愛い」と言っていた自分が、素直な気持ちで「可愛い」と言い始めていることに気がついた。

今では、心の底から娘を可愛いと思うし、素直に「可愛い」と口に出して言えるようになった。「◯◯でちゅね〜」などという赤ちゃん言葉も、自然に口をついて出てくるようになったし、それを言っているという事に対して「恥ずかしい」と感じていた過去の自分はもういなくなった。

結局、「親馬鹿にはなりたくない」と思っていた過去の自分は、素直な気持をストレートに表現することが出来る人間になれるとは思っていなかっただけなのかもしれない。

今では娘に対してだけでなく、母親やその他の人に対しても、以前とは違った接し方が出来るようになった。そういう意味では、娘が、自分を父親にしてくれただけではなく、人間として少し成長させてくれたといえるだろう。

娘の笑顔が、自分の心のベールを剥ぎとってくれた。そんな気がする。