Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

俺とゲームと未知との遭遇。

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今週のお題「ゲーム大好き」

TVゲームとの出会い。

自分がTVゲームと出会ったのは、小学生の低学年の頃だった。自分の家の隣に住んでいたアキラあんちゃんが、「カセットビジョン」を買ったのだ。たしかスーパーじゃない方だったと思うが、ちょっと昔のこと過ぎて記憶に無い。とにかく、カセットビジョンシリーズだった事だけは覚えている。

今からすれば、カセットビジョンのゲーム画面はドットが非常に荒く、キャラクターの判別もままならない様な貧相な画面だったが、当時の自分にしてみれば、手元のジョイスティック(のようなもの)を動かしたり、ボタンを押したりすると、画面の中のキャラクターがそれに反応して動くというのは、正に「未来の遊び」そのものだった。

自分も、その未来の遊びが羨ましくて、うちに帰って親にせがんだが、まだファミコンのようなブームがやってきていたわけではないので、「皆そんなもの持ってないでしょ。ウチはウチ、隣は隣」という、子供にしてみれば理不尽極まりない理由で、無下に断られて終わった。

その後、ファミコンの大ブームが訪れた時に、何故か祖父が突如としておもちゃ屋に連れて行ってくれて、ファミコンを抱き合わせソフト3本付きで買ってくれた。あれは今でも何故だったのかはわからないが、とにかく嬉しかった。

 

コンピュータRPGとの出会い。

世の中の殆どの日本人にとって、初めてのコンピュータRPGとの出会いは「ドラゴンクエスト」だろう。だが、自分は実はちょっと違った。

小学校何年生のころだったか覚えていないが、ファミコンを買って間もない頃だったと思う。同じそろばん塾に通っていたダイスケ君と仲良くなった。

ダイスケ君は自分より四つか五つ年上で、確かその時中学生だったと思う。そろばんの成績はいまいちだったが、話しっぷりはとても頭が良さそうな感じの人だった。ひょっとしたら、ダイスケ君が口だけ達者だったのかもしれないが、とにかく、自分は「ダイスケ君は頭のいい人」だと思っていた。

そのダイスケ君が一度だけ自分を家に招待してくれたことがあった。

ダイスケ君は自分が持っていないものをいくつも持っていた。例えば自分の部屋だ。そして、その部屋にはキーボードを備えた謎の装置が置いてあった。幼い自分の目にはそれはコンピュータにしか見えなかった。何の機種だったのかなんてまるでわからないが、とにかくああいうキーボードの付いた機械はコンピュータというイメージしかなかったので、自分にはそう見えた。

「すげー、なにこれ!?」

自分の感嘆の声に気を良くしたのか、ダイスケ君は色々動かして見せてくれたが、自分にはチンプンカンプンだった。キーボードをカタカタやって画面に色々何か表示が出てくるのを見ていると、ダイスケ君がとてもカッコイイ人に思えてきた。まるで、映画に出てくる人みたいだった。

その見せてくれたものの中に、アルファベットと記号で出来たダンジョンを進んでいくゲームがあった。ダイスケ君の説明で覚えているのは「このDっていうのがドラゴンなんだ」ということぐらいなのだが、今にして思えば、あれは「ローグ」だったんじゃないかと思う(あるいは、ローグライクななにかのゲーム)。

「ローグ」というのは、コンピュータRPGの黎明期に生まれたゲームの一つで、今で言えば「不思議のダンジョン」といえばわかりやすいだろう。ランダムに生成されたダンジョンを進み、ドラゴンを倒したり、財宝を獲得したりするRPGだ。

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※ローグの画面。地味である。

あれが本当にローグだったのかは、流石に昔のこと過ぎてはっきりとは覚えていないのだが、ぼんやりとした思い出の中に浮かび上がる画面は、ローグの画面そのものだ。ひょっとしたら思い出が後から得た知識で補正されてしまっているのかもしれないが、多分あれはローグだったと思う。

その後、例によってウチに帰って親にコンピュータ(当時パソコンという言葉があったかどうかは覚えていない)を買って欲しいとせがんでは見たものの、数十万円もするものを小学生が買ってもらえるわけもなく、自分もゲームで遊ぶ以外に親を説得できる材料を持っていなかったので、あえなく諦めることになった。

 

未知との遭遇。

自分は、小学生の低学年の頃まで体が弱く、あまり同年代の友達と遊ばなかった。だからなのか、アキラあんちゃんやダイスケ君のような年上のインドア派の友達と遊ぶ機会が何故か多かった。そのおかげで、友達よりも一足早く、新しいゲームやコンピュータなど、未知の世界に触れる機会も多かった。

当時の自分にしてみれば、珍しいものを見ているだけという印象だったが、今にして思えば、それは貴重な体験だったと思う。

だが、ファミコンを買い、同年代の子どもと遊ぶ機会が増えるにつれて、そういう未知の世界と接触する機会は減っていった。そして、子どもたちのコミュニティの中で生きる「子供らしい子供」になっていった。当然、アキラあんちゃんやダイスケ君と遊ぶ機会もとんとなくなった。

でも、自分が今でもゲームが大好きで、アラフォーを迎えてもなお新作ゲームの発表に胸を躍らせているのは、子供の頃にアキラあんちゃんやダイスケ君が教えてくれたゲームという「未知の世界のワクワク感」があったからに他ならない。

いまではどこで何をしているのかすらわからないが、アキラあんちゃんとダイスケ君にはそういう意味で感謝をしている。

ゲームを大好きにしてくれてありがとう。