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自分用備忘録的な何か。

ティッシュペーパーって偉大だよな。

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何気なく使っているティッシュペーパー。

普段、なんともなしに使っているティッシュペーパーだが、これ、よくよく考えたらもの凄く便利な発明だな、と思う。

だって、当然の事ながら鼻をかむのに使ったり、ちょっとした汚れを拭いたり、食べ物を食べるときにナプキン代わりに使ったり、PCのディスプレイを拭くのにも使える。まさに、万能アイテムだ。

ティッシュペーパーが無い時代は、こういうのすべてをタオルとかハンカチとか台拭きで代用していたのかと思うと、色々と大変だったろうなあと思う。

なんといっても、ティッシュペーパーは使い捨てが出来るのだ。タオルみたいに汚れたから洗わないとという事にもならない。一日に何枚ティッシュペーパーを使うのかという事を考えると、それを洗わなくていいのはとても楽だと思う。

それに、使い捨てすることによって、清潔さを保つことも出来る。たとえば、鼻をハンカチでかんで、それをまたポケットに入れるっていうのは、今の感性で言えばかなり汚い。だが、ティッシュペーパーがなかった時代は、それが普通だったはずだ。よく、昔を舞台にしたTVでもそういう場面を見かけるし。

とにかく、ティッシュペーパーは、いまや生活に欠かせないモノになったというか、生活に溶け込んでいて、その便利さが過小評価されているように感じる。オイルショック時代の話ではないが、もしティッシュペーパーが明日から無くなってしまったら、相当不便な生活を強いられることになるだろう。

 

ティッシュペーパーの歴史。

Wikipediaによれば、ティッシュペーパーは、アメリカのキンバリー・クラークという会社が、1924年に「クリネックスティシュー」として発売したのが最初らしい。

なんでも、元々は第一次世界大戦中にアメリカ陸軍や赤十字などが、綿の不足に悩まされていて、その代用品としてキンバリー・クラーク社がティッシュペーパーの原型となるものを開発して供給したが、戦争が終結して大量に余ってしまったので、メイク落とし用の商品としてティッシュペーパーが開発されたとのこと。

GPSなんかもそうだが、ティッシュペーパーも、元々は軍事用の物として開発されたものが、気がついたら生活に欠かせないものになっていたという、よくあるパターンだったようだ。

日本においては1953年に初めてのティッシュペーパーが発売されているようだが、現在のような箱入りのスタイルのものが発売されたのは1964年、つまり、東京オリンピックが開催された年らしい。

digitalpr.jp

昭和の生活スタイルのターニングポイントって、かなりの割合で東京オリンピックが絡んでるが、まさかティッシュペーパーですらそうだとは思わなかった。

 

ティッシュペーパーの種類。

便利なティッシュペーパーだが、いつも使っている普通のもの以外にも沢山の種類があり、それらも生活に欠かせないものになっている。

小さな袋に入ったポケットティッシュは、持ち歩くことが出来るティッシュペーパーということで、使ったことがないという人を探すほうが困難なほど普及しているといえるだろう。日本ではこれを道端で配っていることに対して、外国人が驚いているという話も聞いたことがある。

水分を含んだウェットティッシュも、ウチでは色々と欠かせないものになっている。乾燥したティッシュペーパーでは取れない汚れを拭いてみたり、たとえばポテチのような手が汚れる食べ物を食べるときに、指を拭くのに使ってみたり、台拭きの代わりに机を拭いてみたりと、毎日大活躍だ。

子供のおしり拭きも、よくよく考えてみればティッシュペーパーの仲間のようなものだろう。これがなかった時代はおむつ交換ってすごく大変だったんだろうなと思わざるをえないほど便利である。普通のウェットティッシュよりも多くの水分を含んでおり、赤ちゃんのおしりを綺麗に拭き取ることが出来る。

トイレットペーパーも、ティッシュペーパーの仲間のようなものだ。中には、ティッシュペーパーの代わりにトイレットペーパーを使っている人もいて、トイレットペーパーをリビングで使うときに違和感のないようにするホルダーなんかも発売されている。

HOME  ロールティッシュペーパーボックス ホワイト RP-01

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大事に使おうティッシュペーパー。

というわけで、もはや生活に欠かせないモノになったティッシュペーパー。日本人の一人あたりの使用料は年間4.5kgということで、世界一らしい。

だが、よくよく考えるとティッシュペーパーの原材料って、主に木材だったりするので、あまり使いすぎると地球環境にとっては良くないのかもしれない。割り箸とかと同じだが、それでも生活に無くてはならないものなので、無駄使いせずに大事に使っていこうと思う。