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自分用備忘録的な何か。

ねえ、不老不死ってどんな気分? ねえ、どんな気分?

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人類の夢?不老不死。

前々から考えていることがある。

もしも、人類が究極の医療テクノロジーを手に入れて、不老不死、つまり怪我や事故以外では死なないようになったら、人類は、そして世の中はどう変わるのだろうか。

不老不死というと、よく「人類の夢」などと紹介されることがあるが、どちらかと言うと、それを夢見てきたのは時の権力者たちだったように思う。

例えば、秦の始皇帝の場合、Wikipediaによれば…

中国では古くは始皇帝(紀元前3世紀ころの人物)が不老不死を求め、実際に徐福に蓬莱の国へ行き仙人を連れてくるように(あるいは仙薬を持ってくるようにと)命じたことが『史記』に記録されている[10]。無論それらを探し出せなかった徐福は始皇帝の怒りを恐れて、そのまま日本に「亡命」したと伝説は語っている。
この世で強大な権力を手に入れた始皇帝は死を恐れ、不老不死を手に入れようと部下達に無理難題を押し付けた。始皇帝によって不老不死の薬を作ろうとする試み練丹術が始まったが、無謀な命令を受けた彼らが作りだしたのは「辰砂(しんしゃ)」、すなわち水銀などを原料とした丸薬であり、それを飲んだ始皇帝は猛毒によって死亡した。

という逸話が残っている。

当然、たとえ不老不死が実現したとしても、それが全ての人類に行き渡るまでには何世紀もの時間がかかるかもしれないし、一部の権力者に独占されて、一般人には見果てぬ夢になる可能性もある。

だが、本エントリでは、全ての人類が不老不死の恩恵を享受できている未来を想定して、思考実験的なことをしてみようと思う。

 

「終わり」のない人生。

人生には必ず「終わり」がやってくる。不慮の事故やなにか医学的な問題が起きない限り、その「終わりの時期」は、日本においては大体80年前後であることを自覚している人が殆どだろう。つまり、「人生設計」はその終わりから逆算して行われる。

だが、その「終わり」が無くなった場合、我々はどういう人生設計を立てるのだろうか。

現行の学校制度がその頃まで残っていたとして、大学を卒業するのが22歳。それから経済の仕組みが今と変わっていなければ、何らかの会社組織的なものに属し、働き始める。

だが、不老不死が実現した社会では、「定年退職」というものがまず無くなるだろう。永遠に若いままでいられるのだ。身体や頭脳の衰えを理由に会社を退職する必要がなくなるのである。

こうやって考えていくと、そういう未来では今と同じ経済システムが存続しているとは考えにくい。そもそも労働に対する考え方や、現在と同じような貨幣経済社会であるかどうかすら疑問が出てくる。

不老不死が実現できるほどのテクノロジーを手にすれば、労働も何か人間ではないロボットやそれに準ずるものが人間の代わりに担っている可能性が高い。そうなると、人類は何をしているのだろうか。

 

子孫を残すという本能は維持できるのか?

不老不死が実現した未来では、婚姻制度なども今とは随分違ったものになっている可能性が高い。

そもそも、永遠に生きられるのであれば、子孫を残す必要性すらあるのかどうかという考えにも行き着く。

勿論、人間が持ち合わせている欲求の一つである「性欲」が無くなるという事はないだろうと思われるので、恋愛や結婚というものに準ずるなんらかのシステムは残っているだろうが、制度としての婚姻や、そもそも子孫を残すという本能を維持できるのかどうかは疑問だ。

あえて子孫を残さなくても、一定数の人類の数は維持できる。だが、そうなれば人間関係が「濃く」なっていき、友好関係も対立関係も濃くなっていくかもしれない。

国家というシステムがその頃にどうなっているかはわからないが、高度なテクロジーを手にした人類が、今の人類と同じように些細なことで戦争などしたりするのだろうか?そうではないことを祈りたい。なぜなら、そんな事になってしまえば、あっという間に地球は滅びてしまうだろうからだ。

 

「目標」を持てるのか。

我々は、義務教育ないし高等教育を受け、学校を卒業したら何らかの会社に就職し、何歳までに結婚をして、その後何年後までに子供を産んで、その子供を育てる…というような青写真を描く。それもこれも、人生が限られているからこそだ。だからこそ「目標」を定めて生きる。

だが、不老不死を手にした人類は、そういった「目標」を定めるモチベーションを保つことが出来るのだろうか。

例えば、23世紀〜24世紀の未来を描いた「スター・トレック」は、人類の精神が高度に発達したため、貨幣経済というシステムがなくなり、人類は「より良い社会にするために」働いているという設定になっている。

だが、「スター・トレック」の人類も不老不死ではない。SFエンターテイメントという作品性の関係上、高度に精神が発達していても、人類や他の異星人との争いも起こる。それでも、この作品の描く「楽観的な未来」は、ある程度「不老不死を実現した社会」のモデルケースになりうる。

勿論、不老不死を実現した人類の未来が、楽観的なものになるとは限らない。一部の人がそのテクノロジーを独占し、なにかディストピア的なものになってしまう可能性もありえる。

あるいは、不老不死になってしまったが故に、人口増加問題に悩まされて、地球から遠い星へと旅立つ羽目になっているのかもしれない。だが、時間は無限にあるのだ。それも可能だろう。

全ては、人間が本来持っている「欲望」を、どのような方向に導けるか、あるいは昇華できるのかにかかっているように思う。

そもそも、不老不死などというものは実現不可能なものなのかもしれない。だが、もし実現したとすれば、未来の人類にはそれを有効に活用し、素晴らしい未来を築いて欲しいと願わずにはいられない。

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