Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

堂々とググれカスと言えるような男に、私はなりたい。

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オタクの性。

自分はオタクである。

オタクというものは、概して一般人とは積極的にコミュニケーションを取ろうとしない。だが、相手からのアプローチがあり、しかもそれが自分の好きな分野の話だったりすると、人が変わったようにマシンガントークをけしかける。勿論、オタクが皆そうだとは言わないが。

自分の場合、サッカーやゲームの話を振られると、聞いてもいない事まで話してしまったりしていた。時には、その人をコチラの世界に引き込もうとした事さえあった。だが、大抵の一般人にとってそれは迷惑な事だったりする。

人間とは勝手なもので、例えば自分がサッカーに詳しい人間だと知っている人は、サッカーに関する事なら何でも聞いてくる。

「今度のサッカー(この場合、殆どが日本代表の事)いつやるんだっけ?」

「相手はどこなの?」

「その相手は強いの?」

「そもそも今代表って誰がいるんだっけ?」

などなど…

正直言って、時には「お前調べるって言葉知らないのかよ!」と思う時もある。それでも、「これをキッカケにサッカーに興味を持ってもらえるなら…」と、丁寧に応対することにしている。

しかし、本来ならここは「ググれカス」と言うべきところなのかも知れない。本人が積極的に調べるという事をしなければ前進はないからだ。人に聞いたのと自分で調べたのとでは、どちらが頭に知識としてより根付くのかは言うまでもないだろう。

 

スペシャル・ワン。

ポルトガル出身のサッカー監督に、ジョゼ・モウリーニョという男がいる。

モウリーニョは、サッカー界で現在最高の監督の一人と言われている。彼の監督としての年俸は、日本円にしておよそ18億円。所属したチームではすべからくタイトルを獲得し、UEFAチャンピオンズリーグでも違うチームを率いて2度の優勝を成し遂げた。

モウリーニョの経歴は異色である。まず、彼はプロの選手としての経歴がない。本人曰く「三流だった」ため、選手としてのキャリアを早々に切り上げ、イングランドの名将、ボビー・ロブソンがスポルティング・リスボンの監督に就任した時には通訳を務めた。

その後、ロブソンの信頼を得て、ロブソンがFCポルト、FCバルセロナの監督を歴任した際も、通訳として同行した。その後、ロブソンがバルセロナの監督を辞すると、後任のルイス・ファン・ハールのアシスタントコーチに就任した。

2000年に母国ポルトガルへ帰り、名門ベンフィカやウニオン・レイリアの監督を渡り歩き、FCポルトの監督に就任する。そして、低迷していたチームを立て直し、就任2年目にしてポルトガルリーグ、ポルトガルカップ、UEFAカップの三冠を成し遂げる。

その次のシーズン、モウリーニョに率いられたポルトは、リーグ2連覇を成し遂げるだけではなく、UEFAチャンピオンズリーグで決勝まで勝ち進み、ASモナコを下して誰も予想していなかった世界最高の舞台での優勝という結果を出してみせた。

この活躍を受けて、モウリーニョはイングランド・プレミアリーグのチェルシーに引き抜かれる。就任会見では「私はスペシャル・ワン(特別な存在)だ」と言い放ち、早速ゴシップ好きなイングランドの記者のお気に入りになった。

折しもチェルシーは創立100周年の記念すべき年を迎えていた。各方面からのプレッシャーや、独善的なオーナー、ロマン・アブラモビッチとの複雑な関係など、一筋縄ではいかないチームを率いていながら、就任1年目にして50年ぶりのリーグ制覇と、リーグカップの2冠を達成する。

その次のシーズンもチェルシーは首位を独走し、堂々の2連覇。この頃になると、もはやモウリーニョが世界最高の監督であることを疑うものはいなかった。

だが、翌2006−7シーズンには、選手に怪我が相次いだことや、経営陣との蜜月関係がこじれた事により、シーズン途中で解任される。そして、翌年にロベルト・マンチーニの後任として、セリエAのインテル・ミラノの監督に就任する。

 

二度目の欧州王者。

インテル就任1年目にして、モウリーニョはスクデット(リーグ優勝)という結果をいきなり出す。

圧巻だったのはその次の2009−10シーズンだった。セリエA、コッパ・イタリアと次々とタイトルを獲得し、UEFAチャンピオンズリーグでも決勝進出。決勝では、かつての師であるファン・ハール率いるバイエルン・ミュンヘンを2−0で破り、2度目の欧州制覇を成し遂げる。

この活躍を受けて、スペインの白い巨人レアル・マドリードが動く。契約途中のモウリーニョを違約金を払ってまで迎え入れたのだ。

レアル・マドリー就任1年目こそバルセロナにリーグタイトルを譲ったものの、翌シーズンには圧倒的な強さを見せ、驚異的な追い上げを見せたバルセロナを直接対決で下してリーガ・エスパニョーラを制覇する。これにより、イングランド、イタリア、スペインでのリーグ優勝を経験した史上初の監督になる。

だが、レアル・マドリー首脳陣が求めるUEFAチャンピオンズリーグ優勝という結果は、3年連続の準決勝敗退に終わり果たせなかった。そして、2012−13シーズン終了後、クラブとの契約を解消し、事実上の解任となった。

 

3年目の壁。

2013−14シーズンには、チェルシーの監督としてイングランドに戻ってきた。以前の就任会見では自らを「スペシャル・ワン」と言い放ったモウリーニョだが、2度目のチェルシー就任会見では「自分はハッピー・ワンだ」と、少し謙遜したように話していた。

このシーズンは、モウリーニョにしては珍しく無冠に終わった。ビッグクラブを率いるようになってからは初めての事だった。だが、翌シーズンにはリーグカップとプレミアリーグを圧倒的な強さで制し、「やはりモウリーニョ強し」を欧州に印象付けた。

そして、リーグタイトルだけでなくUEFAチャンピオンズリーグでの優勝も期待されて臨んだ今シーズン、チェルシーは9試合を消化して11位と、絶不調に喘いでいる。

ここまでのモウリーニョの経歴を振り返ってみると、同じチームで4年以上指揮したことが無い事に気がつく。その事を今シーズンのチャンピオンズリーグ開幕前に質問されると「馬鹿げた質問をしている暇があったらGoogleで調べろ」と反論した。

いわば、モウリーニョは記者に対して「ググれカス」と言い放ったのである。

モウリーニョがそうやって、堂々とググれカスといえるのは、自分に絶対的な自信を持っているからだろうと思う。

プロ選手としての経験もなく、ただの通訳だったモウリーニョが、世界最高の監督という称号を手にするまでには、色々な障害があっただろうし、受けるプレッシャーも半端なものではなかったはずだ。

何しろ、世界最高レベルの選手たちを抱えるチームを渡り歩いてきたのだ。海千山千の、そして理不尽な要求を平気でしてくるオーナー達と対等に渡り合ってきたのだ。そんな環境で生き残っていくのは、どんな名監督でも難しいものである。

圧倒的な自信に支えられ、時にはモウリーニョ自身が「ジョゼ・モウリーニョという大きく膨れ上がった虚像」を演じる必要もあったはずだ。それでも、モウリーニョは自分が正しいと信じ、自分を貶めようとする記者の質問には「ググれカス」と言い返す。

自分は、時々そんな自信満々のモウリーニョに憧れを抱くことがある。自分には、他人に「ググれカス」と言うだけの度胸もないし、そもそも自分自身にそこまでの強さを見出すことも出来ない。

決して他人を貶したい訳ではない。だが、一度でいいから自分は、堂々と「ググれカス」といえるような、そんな自信あふれる男になってみたいと思うのだ。

まあ、嫌われたくないし、無理ですけどね。

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