Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

目立たないように生きるのが、自分の取り柄。

 

f:id:potatostudio:20151023223009j:plain

いるのかいないのか。

自分は、子供の頃から「目立たないように生きる」のが取り柄だった。

例えば、いま自分が何かしらの事件を起こしたとしても、おそらく同級生ですぐ「あー、あいつか」と分かる人はあまりいないと思う。本当に仲が良かった何人かだけは気がつくだろうけど、殆どの人はクラスメートだったのかすらわからないはずだ。

子供の頃、クラスで目立つ人物は、たいていヤンチャ坊主だった。

スポーツが出来て、喧嘩が強く、気も強い。自分はそういうのとは全く無縁の存在だ。運動音痴だし、ケンカは弱いし、気も弱い。

子供の頃から口だけは達者だったので、出来れば力に頼ることなく議論で解決しようとしたこともあったが、子供相手にはそんなものは通用するわけもなく、自分が「勝つ」事は無かった。

何かを発表する場でも、自分が最初に発言することはしなかった。誰かが発言し、場の空気が温まってから発言したり、誰かの発言に相槌を打ったりする事が殆どだった。

写真に写る時もそうだ。真ん中に立つことはまずない。たいていいつも後ろの列の端っこの目立たない所に陣取る。

あらためて振り返ってみると、こういう自分の性格は目立ちたくないというより、「自分の存在した痕跡を残したくない。むしろいなかったことにしたい」に近い。

 

社会に出ても変わらない。

大学生になって、誰も知らない土地へやってきた時も、自分のそういう所は変わらなかった。なにかサークルに入るわけでもなく、合コンをするでもなく、限られた少人数の友達だけを作って、なるべく集団行動はしなかった。なにしろ、大学の学園祭にも4年間で1回も参加しなかったくらいだ。

就職活動では自己アピールをしなければならなかったのだが、自分はそういうのがとにかく苦手だった。面接なんかで気の利いた応対をしている人を見ると、感心するとともに、なにか言い知れぬ嫌悪感ののようなものを感じていた。自分にはない何かを持っている人間に対しての嫉妬だったんだろうか。よくわからない。

そんな自分でも「就職するだけ」なら出来たので、東京で働くことになった。その会社は大阪に本社があって、年に2回くらい研修でその本社に行かなければならないのだが、自分はそれが一番嫌だった。

研修では、色々なシチュエーションが用意されていて、それに臨機応変に対応することを求められたのだが、よくそういう研修でありがちな、理不尽な状況を作り出されることも多かった。それには正解がない。ただ喝を入れられるだけなのだ。そういう「体育会系なノリ」が本当に嫌いだった。

同期の連中は、喜々としてその研修に臨んでいた。本心はどうだったのか知らないが、少なくとも自分にはそう見えた。だが、自分はとにかく場当たり的に対応して、早くこの研修が終わってくれることを祈るのみだった。

 

Uターンして。

はっきり言って、その仕事は「東京で働きたい」という一心のみで選んだもので、全く自分には合っていなかった。それは働き始めてすぐ分かったのだが、それでも田舎で育った自分は、東京を諦めきれなかったので、我慢して働いていた。

だが、3年も経過すると会社内でもやや立場が固まってきて、責任あるポストを任される事になった。その年には年間優秀社員などと言うものにも選ばれ、東京支社で表彰される羽目にもなった。

自分は怖かった。このままでは自分はこの波に飲み込まれ、そして流されていってしまうのではないか。いままでずっと目立たないようにして生きてきたのに、何故か目立ってしまいつつある。そういう状況が自分には耐えられなかった。

気が付いたら、会社には辞表を提出していた。

色々な人に送別会をしてもらったり、最後にいた職場の人たちは寄せ書きの色紙をくれたりもした。生まれて初めて別れを惜しまれた。自分は素直に嬉しいと思ったが、それでも怖さは消えなかった。

その後、地元に帰ってきて半年くらいブラブラして、自宅のすぐそばにあった会社に中途採用で入社した。

もう一度やり直しだ。今度こそ目立たないように、そつなく過ごそう。もうあの言い知れぬ恐怖に襲われるのはまっぴらだ。そう心に言い聞かせて毎日を過ごした。

幸いなことに、その時期はITバブルの真っ只中だった。こんな田舎にある会社なのに、年間で300人くらい採用していた。全盛期は自分のいる事業所だけで2000人くらいの人間が働いていたのだ。それだけの従業員がいると、埋没するのも簡単だ。居心地は最高だった。

 

ネットでも目立たないように生きたい。

ITバブルがはじけ、その数年後にリーマン・ショックがやってくると、自分の会社にも程なくその影響が及んできた。無理な投資がたたって、資金繰りに苦しむようになり、ついには会社更生法を申請した。

当然、リストラの波が襲ってきて、半分以上の人間がクビになった。そして、職場の人員がガクッと減ったことによって、相対的にひとりひとりの責任が重くなった。

自分も、業務が変更になったりして、新たな部所で働くことになったのだが、なぜかそこでは変に目立ってしまい、いつの間にか責任あるポストを任されることになってしまった。

だが、自分にはそれは耐えられなかった。

そういうタチではないのだ。自分は、リーダーになれるタイプの人間ではないのだ。一部所の運営を任せられるほど器の大きい人間ではないのだ。

結局、業務命令の名の元にそのポストを任されはしたものの、自分の心がプレッシャーに耐え切れずに押しつぶされてしまった。

その頃だ、はてなでブログを綴り始めたのは。

当初は、ただのブログサービスだと思って始めたはてなブログだが、しばらく続けていると、どうやらここにも何がしかのコミュニティのようなものがあるのがわかってきた。

自分は、そういうのにはなるべく触れたくない。

不可視の集団の中に紛れ、なるべく目立たないように生きたい。

だったらブログなんぞやめてしまえという人もいるかもしれない。だが、今の自分にはもうやめる事は出来そうにない。もう、はてなにどっぷり浸かってしまったからだ。

正直、どうすればいいのかは自分でもわからない。

いなかったことにするのは簡単だ。

やりたくないけど。