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Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

JRPGって、もはやRPGじゃないと思うの。

ゲーム ゲーム業界

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ある開発者の声。

 

otapol.jp

先日、上記の記事を読んだ。

10月29日に発売された、バンダイナムコゲームスのハンティングアクションゲーム「GOD EATER RESURRECTION」 その発売を前にして、同社のゲームソードアート・オンラインシリーズ及び、「デジモンストーリー サイバースルゥース」のプロデューサーが、「NYコミコン2015」のパネルセッションに登場して、JRPGと欧米のRPGの違いについて述べたという内容だ。

※11/2 追記:当初「GOD EATERのプロデューサーが」と書いてましたが、自分の誤読からくる誤りでした。上記のように訂正いたします。

自由な選択ができる欧米のRPGと違い、日本のRPGが制約の多い昔ながらのターンベースやレベル性の育成要素のものなのは何故か。それは、日本のユーザーの多くが同じ結果を求める趣向性があるためではないか…と語ったという。

上記の記事では、ユーザーの声として「それは違うのではないか?」という主張があるとしている。

そもそも、自由度とは何なのか、自由度が高い事がゲームの面白さを担保するのかという根本的な疑問もあるのだが、個人的には自由度が高い方が多様性があって面白いと感じるし、きちんと作りこめば作品性も破綻しないと思ってはいる。

RPGというジャンルは、今も昔も日本人が最も好んで遊ぶジャンルとして知られる。そして、欧米とは違って独自の進化を遂げたジャンルでもある。そんな、いわば良くも悪くもガラパゴス的な発展をした「JRPG」とは一体何なのだろうか。

 

コンピュータRPGの誕生。

WikipediaからJRPGの定義を引用すると…

欧米においては、独自の進化を遂げた日本製RPGを「クラシックスタイルRPG(classic style RPG)」や「JRPG(Japanese RPG)」と表現するようになっている。

(中略)

そのため、ターン制や、コマンド戦闘や、エンカウント方式にとどまるなどスタイルの古い日本製のものは区別されていると考えている。

という事になる。

日本において、RPGがメジャーなジャンルになり得たのは、ドラゴンクエストの大ヒットによるものだという説に異論を唱える人はいないだろう。 

コンピュータRPGは1970年代から存在してはいたが、その時代はPCという物が存在せず、一般大衆には広まっていなかった。その後、1981年に後の全てのRPGに多大な影響を与えることになる「ウィザードリィ」と「ウルティマ(1980年発売説もあり)」がリリースされる。

ウィザードリィは、テーブルトークRPG「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ(以下D&D)」のシステムをベースとしたRPGだ。キャラクターのパラメータや登場する種族や職業などもD&Dに似ているし、各種行動における成功判定などはD&Dのフローチャートに酷似している。

ウルティマも、ウィザードリィと発想は同じで、D&Dをコンピュータ上で再現しようとしたものだ。だが、ウルティマはワイヤーフレームで構成されたダンジョンのみを進み、ほぼ全てのシナリオがテキストベースで進行するウィザードリィとは違って、2D見下ろし型フィールドマップ+一人称視点ダンジョンいうスタイルを採用していた。

この両者のいいとこ取りをして産まれたのが、「ドラゴンクエスト(以下ドラクエ)」だった。

 

ドラクエがもたらしたもの。

ドラクエの生みの親である堀井雄二は、RPGを日本に大々的に紹介するにあたって、かなりの工夫を凝らしていた。

グラフィックス面では、ウルティマの2Dフィールドマップを採用。だが、戦闘の画面は一人称視点でテキストによる説明が入るウィザードリィ方式を採用した。

キャラクターメイキングは、名前を入力することにより初期パラメータが変化するという、必要最小限のものに留めた。

さらに、ゲームのスタート地点を、開発初期段階のフィールドマップ上から、リリース版であるラダトーム王の前に変更した。これは、いきなりフィールドから始まると、城や町に入らずに敵と遭遇して死んでしまうのを回避するためだった。

ゲーム内の行動は、マルチウィンドウによるコマンド選択方式を採用した。同じく堀井雄二がゲームデザインした、ファミコン版「ポートピア連続殺人事件」でも採用されたこのコマンド選択方式は画期的だった。

ウィザードリィもウルティマも、当時は全てのコマンドがキーボードによる直接入力だった。攻撃はキーボードのAを押す(AttackのA)などといった操作方法だったし、ウィザードリィは戦闘中の魔法の名前も全て正確にタイピングしなければならなかった。

ドラクエが考案した 、このマルチウィンドウシステムによるコマンド入力は、RPGのみならず、後の日本で発売されるゲームに多大な影響を与えた。「はなす」「しらべる」などのコマンドを選択することによりゲームが進行するシステムは、数多くのゲームに採用されていくことになる。

さらに、スタート地点の玉座の間は、ドラクエの簡単なチュートリアルを兼ねていた。この部屋では、ゲームを進行する為のコマンド選択方法を学ぶことが出来るように設計されているのだ。

王や兵士にコマンドで話しかけることによって、りゅうおうという名の魔王によって世界に危機が訪れていること、ローラという姫がさらわれたこと、そして宝箱の開け方、鍵を使って扉を開ける操作、さらに階段を使ってフロアを移動するという一連の作業を学習することで、ようやくプレーヤーは旅に出ることが出来るのだ。

 

シナリオ主導というお手本。

ドラクエのゲームデザインには、当時は敷居が高く、一部のマニアにしか遊ばれていなかったRPGを、少しでも多くの人に遊んでもらいたいという堀井雄二の願いが込められていた。

冒険をする主人公は一人。そして、ランダムにエンカウントするモンスターも一度に一体しか出てこない。初心者がいきなり複数人数のパーティ管理をするのは難しいと判断したからだ。

戦闘で敗北を喫した際のリスクも、「所持金が半分になるだけ」という極めて軽微なものに設定された。育てたキャラクターがロストする可能性もあるウィザードリィなどから比べると、死亡リスクがかなり低くなったため、初心者でも諦めることなくコツコツと楽しむことが出来た。

さらに、シナリオもかなり初心者向けに配慮されていて、そこかしこにヒントが散りばめられており、町にいる全ての人間に話しかければ、次の目的地には殆ど迷わないようになっている。

これらの「初めてゲームをする人にもわかってもらえるような工夫」が凝らされたゲームが、日本で最初にブレイクしたRPG「ドラクエ」だったのだ。

そして、その後にRPGのブームがやってきて、雨後の竹の子の如くおびただしい量のRPGが量産されていく。それらのRPGはほぼ全てがドラクエをお手本にしていた。そして、ドラクエも、その他のRPGも、続編に続編を重ねるうちに、欧米のRPGとは違う独自の進化を遂げていった。

 

JRPGの完成。

1990年にスーパーファミコン(以下SFC)が発売される頃になると、日本のゲームの花形ジャンルは完全にRPGになっていた。そして、そんな中RPGの代表格として成長を遂げたのがファイナルファンタジー(以下FF)シリーズをはじめとするスクウェアRPG群だ。

FFIVでSFCの代表的機能である「回転・拡大・縮小」を上手く活かした飛空艇の飛行画面でユーザーの度肝を抜き、続くFFVでは5分にも及ぶオープニングイベントを挿入する。キャラクターの動きと音楽が連動したこのオープニングは、ド派手で映画的な演出として話題になったが、ユーザーがただ見ていることしか出来ないという弊害もあった。

32ビットゲーム機の時代になると、この「見ているだけ」という演出方法は更に極まっていくことになる。その一つの頂点とも言えるのが、1997年発売のFFVIIであることは異論の余地が無いだろう。

高価なワークステーション上でレンダリングされた美しいCG映像を、ゲーム内の特定のイベントで適時挿入し、当時の貧弱なリアルタイムポリゴンでは表現不可能だったスペクタクル感を生み出す演出方法は、ゲームもついにここまで来たかと思わせるのに十分なインパクトがあった。

いわゆる「JRPG」と呼ばれる日本産のRPGの一つの完成形が誕生したのだ。

JRPGは、本来のRPGが持っていた「役割を演じる(ロールプレイング)」という要素をスポイルし、あらかじめ人物背景や性格などが設定され、プレーヤーからは人格的に独立した主人公が、操作せずとも勝手に話が進んでいくというスタイルを突き詰めていった。

主人公は自分の意志を持って行動する。ゲームの初期段階では、プレーヤーは主人公が何を目的にしているかも知らされない。それどころか、主人公は勝手に悩み、葛藤し、打ちひしがれ、時には自分探しの旅に出て、大抵の場合最終的には困難に打ち勝つ。

プレーヤーが出来ることは、その過程を見ていることだ。ゲーム内のパラメータの成長と、人格としての主人公の成長は必ずしもリンクしない。ゲームの終盤に来て主人公が思いもよらぬ状況で、思いもよらぬ行動を取ることもある。

かつてJRPGは安牌だった。誰も迷わず、悩まず、シナリオと言う名のレールに乗ってエンディングまで突き進むのが唯一の正しい道であり、それ以外の異端児(ロマサガのような。それでもミリオン行ったんだから凄い)は広く大衆に受け入れられることは無かった。

 

JRPGは、もはやRPGではない。

一度出来上がった土壌というものは、なかなか崩れるものではない。日本においてはJRPGこそがRPGであり、海外産のRPGなどは「何をしたら良いかわからない何か」だった。

わざわざわかりにくい海外産のRPGなどをプレイしなくとも、日本人による日本人の為のRPGであるJRPGを遊んでいれば誰も困らなかった。JRPGとは、日本が「国内だけで開発費が回収可能な市場を持つゲーム大国」だったからこそ成立していたのだ。

だが、PlayStation3(以下PS3)やXbox360(以下360)の時代になると状況は一変する。国内でのPS3の普及は遅々として進まず、360に至ってはマイクロソフトがかなり頑張ってオリジナルタイトルを集める努力をしたにも関わらず、殆ど空気的存在に成り果てた(買いましたけどね)。

もう、膨大に膨れ上がった開発費を国内だけで回収するのは殆ど不可能な時代に突入していた。だが、JRPGしか作ったことのない日本のメーカーは、ワールドワイドで売れるRPGを輩出することが出来なかった。そもそも、欧米で一番人気のあるジャンルはRPGではないのだ。

日本人に最適化されたJRPGは、欧米では一部のマニアにしか売れないゲームへと変貌していった。FFシリーズですらも、ナンバリングタイトルの最新作であるFFXIIIはワールドワイドで660万本と、全盛期の勢いは失われていた。

冒頭の記事では、JRPGの自由度が低い理由として「日本のユーザーの多くが同じ結果を求める」と語っていた。だが、それは果たしてユーザーが求めた結果なのだろうか?

個人的には、そんな単純な理由ではないと思っている。

日本における事実上の開祖としてのドラクエの存在。ドラクエを真似て作られたその後のRPG群。そして、世界有数のゲーム大国だった日本という土壌。さらには、凝った演出を全てのユーザーに見せたいが故に、シナリオにおけるユーザーの介入を拒んだゲームデザイン。これらが密接に絡み合って、「自由度の低いJRPG」なるものが作られていったのではないかと、自分は思う。

今でも、日本国内においてドラクエやFFの新作は強力な武器であることに変わりはない。

むしろ、変わったのは日本を取り囲むゲームの状況だ。そして、日本のゲームメーカーはその変化について行けなかった。その結果が、記録的なペースで爆売れしているPlayStation4の国内での不振だと言える。

だが、もうJRPGはそれで良いのではないかと個人的には思っている。

JRPGは特異な存在だ。

「チャイル・オブ・ライト」のようなJRPGをリスペクトしたゲームが海外で作られることもあるが、やはり日本人がプレイすると何かが違う。本物のJRPGは日本人にしか作れないのだ。それは、ガラパゴス的進化とも言えるが、逆に言えば日本の大きな武器であるとも言えないだろうか?

個人的には、JRPGはもはやRPGの中のバリエーションではなく、「JRPGという一つのジャンル」だと思っているし、きちんとした脚本と、丁寧なゲームデザインさえあれば、JRPGが再び脚光を浴びるのも夢ではないと思っている。

JRPGは、日本の感性でしか生み出せない個性なのだから、世界に迎合するだけでなく、その個性を活かしたゲームに仕上げることが出来れば、まだまだ戦える。

それは簡単なことではないが、決して不可能でもない。例えば、ちょっと特殊な例になるが、ポケットモンスターシリーズのように、世界で1000万本クラスの売り上げを誇るタイトルもまだあるのだから。