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Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

オッサンにオッサンって言うな。

雑記

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オッサンになったって事だよ言わせんな恥ずかしい。

30代も半ばを過ぎた頃から、なんだか自分の喋りに自信がなくなってきていた。

ちょっとした会話の時に、言いたい言葉が出てこない。単語をど忘れすることが多くなり、「あー、あれなんだっけ。えーと、ちょっとまってて、あれだよあれ」とかいう機会が驚くほど増えた。

正直いって、認めたくなかったのだが認めざるを得なかった。

「オッサンになったって事だよ言わせんな恥ずかしい」

もうアラフォーである。というか、自分は早生まれなので、実際には40歳の人たちと同学年なのだ。

この歳になると、子供がいる人も周りに増え、時々そういう人たちが家に遊びに来る。そうすると自分はこう呼ばれるのだ。

「ほら、ゆきぼうおじちゃんだよー」

いやたしかにそうなんだがおじちゃんとよばれるとなんというかかるくショックというかめのまえにあるげんじつをうけいれたくないなにかがじぶんにつきささるというかとにかくおじちゃんとよぶのはやめておにいさんにしてくれないかなだめですかそうですか。

というわけで、年齢的要因でおじちゃんおじちゃんとか呼ばれていると、自分が本当にオッサンになったと実感するし、お前のその「あーあれだなんだっけあれえーとあれだよあれ」こそがその確たる証拠だっつってんだろと言われるとぐうの音も出ない日々を送っていた。

 

ところがどっこい。最近は調子がいい。

昨年の12月の末からこのブログを書き始め、最初は一つのエントリを書くのに何時間もかけて書いていた。何故かと言うと、言葉が出てこなかったからだ。

正直、書きたい事なんかは山のようにあったのでネタに困ったことはないのだが、それをなるべく誤解のないように人に伝えるにあたって、やはり推敲というものは大事である。なので、書く前にどんな流れで書くか、そしてどういう結論に持っていくかをよくよく考えてから書いていた。

あまり同じ文面にすると馬鹿っぽいので、なるべく違う言い回しで段落を結んだり、自分はよく段落の最初を接続詞にする事が多いので、そのバリエーションを違うものにしたり、そうとう気を使って書いていた。

そして、記憶があいまいで正確に思い出せないものなどについては、ネットで検索するなりしてなるべく正確性を保とうとした。そうでないと、自分の勘違いを世界中にさらけ出してしまう可能性があるからだ。とはいえ、別に海外に読者がいるわけではないのだが。

昔はATOKを使っていたので、漢字や単語の誤用なんかはATOKが指摘してくれたのだが、最近はGoogle日本語入力を使っているので、間違った使い方をしても自分で気が付かなければならない。そんなところにも気を使っていると、書く時間がどんどん伸びていって、気が付くと5時間くらい経っていた事もザラだった。

正直いって、仕事でも無いのになにそんな時間をかけてんだよと思ったりもしたが、エントリをアップして、なんらかのリアクションがあるとやっぱり楽しい。昔やっていたmixiとは全然リアクションの質が違って、とくにはてなブログには色々目に見える仕掛けが施されているので、モチベーションに繋がるのだ。

そんなこんなで、mixi時代は週に1回程度の更新だったのに、はてなに来てからはもうほぼほぼ毎日更新している。どうでもいいけど、この「ほぼほぼ」って言い方最近流行ってんの? 滅茶苦茶よく聞くから使ってみたかっただけ。

そうして頻繁にブログを更新するようになって、最近気がついたことがある。

あれ、語彙戻ってきてんじゃね?

 

オッサンなんかじゃなかったんだ!

最近は、自分でも以前ほど会話の時に言葉が出てこないという現象は減ったと思う。結構スムーズに会話できているし、言い回しもウィット()に富んでいる。誰も言ってくれないから自分で言う。ウィット()に富んでいる。

それもこれも、こうしてブログで自分の頭の中にある言葉を文章にして吐き出すという作業を毎日続けていたからなんじゃないかな?と思っている。

人間、脳みそを使わなくなるとどうしても劣化していくものである。ひょっとしたらシワがトゥルトゥルになってしまうかもしれない。現に、ウチの祖母はなんの趣味も持たず、晩年は家にいて寝ているばっかりだったので、最後は認知症になってしまった。

やっぱり脳は使ってなんぼなんだなと思う。

それでも、昔から文章を書くのを得意にしていなかっただけあって、自分の言葉の拙さから誤解を招き、ブコメで痛烈な指摘をいただくこともあるが、それもこれも勉強である。生涯学習って大切ですね!

自分はどちらかと言うと絵を書くのが好きで、文章を書くのは嫌いだった。

読書感想文なんかは特に嫌いで、本音を書くと「ゆきぼうくんこれはどうかと思うよ」とかいわれ、当たり障りのないように仕上げると「ゆきぼうくんこれじゃ君の意見がわからないよ」とか言われた。ゆきぼうくんは困っていた。

自分が文章書くのが嫌いだったのは、多分そういう「空気を読んだ文章」を書くのが苦手だったからかもしれない。

ブログは、一線さえ踏み越えなければそこまで空気を読まなくても良いと思う。自分の書きたいことを自由に書いてもいいのだ。そういう場を与えられたゆきぼうくんは、言ってみれば人生で初めて文章を書くのが好きになったといえるかもしれない。

そして、自由に言葉を綴ることにより、失われかけていた自分の語彙が徐々に戻ってきているのを感じる。

ゆきぼうくんは、多彩な語彙でウィット()に飛んだ文章をぶっ飛ばすインターネッターへと進化したのだ。

決してしどろもどろにしか会話できないオッサンではない。

大事なことだからもう一度言おう。

オッサンでない。

ダメかな?