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Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

ネタにマジレスまでが様式美。

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すんげーどうでもいい話をしよう。

日本人は様式美が好きである。

とか言うと、「おいお前主語がデカいぞ」と言われるかもしれない。実際、海外はパリとロンドンと台北にしか行ったことがないので、深いところまではわからない。どうでもいいけど台湾は食べ物美味しくて安いしいいぞ。

それはさておき、少なくともステレオタイプな日本人のイメージの一つとして「様式美が好き」というのはあると思う。

伝統芸能なんてのはその最たるもので、例えば歌舞伎は役者の体が動いても衣装は極力動かさない。あんなにひらひらする着物を着ているのにビシっと静止している。その静と動の対比が歌舞伎の美しさを生んでいる。

欧州でも18世紀まではバロック様式の仕掛け舞台があった。だが、演劇的虚構やファンタジーを重視したバロック演劇はリアリズムを重視した演劇に取って代わられ、衰退していった。今では古典的なバロック演劇はほとんど見かけることが出来ない。

そう考えると、歌舞伎や能などの古典芸能が未だに生き残っている日本は、そういった様式美に彩られた世界が好きだといえるだろう。たぶん。

時代劇なんかもそうだ。とはいえ、今では新作は放送されなくなってしまったが、たとえば水戸黄門だと…

  • 黄門様一行が町を訪れる。毎度「越後のちりめん問屋の隠居の光右衛門」を名乗る。
  • 八兵衛が「ご隠居ここにしましょうよ今夜の宿は」とか言って宿泊が決まる。
  • 町で事件が起きる。たいてい黒幕は悪代官と大黒屋的ななにか。
  • 宿の関係者やその友人などが事件に巻き込まれ困る。
  • 黄門様が「これはいけませんね」とか言って調査が始まる。
  • 風車の弥七が偵察にいく。天井から悪代官のやり取りを覗く。
  • お銀がお風呂に入る。
  • 報告を受け、黄門様一行が出動。
  • チャンバラ。
  • 黄門様「助さん、格さん、もういいでしょう」で、印籠バーン。
  • 悪代官一味をひっ捕らえてめでたしめでたし。

という流れがほぼ毎週繰り返される。ワンパターンといえばワンパターンだが、これもいわゆる様式美だ。遠山の金さんや暴れん坊将軍なんかもパターンが決まっていて、そこを逸脱すること無く話が進んでいく。

 

ネットにもある様式美。

自分は、最近ではまったく見なくなってしまったが、4年ほど前までは重度の2ちゃんねる中毒だった。

といっても、別に書き込みを通じて議論をしていたとかではなく、完全なロム専だった。ロム専って言って今通じるんだろうか。簡単に言うと「読むだけで書き込みなんかをしない人」をロム専という。

長いことロム専を続けていると、時々同じようなやり取りが繰り返されているのを見かけることがある。そして、それが多くの人に面白いと認められると、「テンプレ化」していく。もっと有名になると「〜のガイドライン」なるものが作られ、書き込みに対する定番の反応までもがテンプレの中に組み込まれていく。

自分は、これも様式美の一つだと思っている。そして、これが好きだった。

このブログの記事タイトルにも、そのテンプレを採用したものが多くある。例えば「〜しろ下さい」とか、「〜はこの先生きのこる事が出来るのか」とか、「〜なんて大したことない」といったエントリ群だ。

「〜しろ下さい」は、自分からお願いしているにもかかわらず「〜しろ」という高圧的な態度と「下さい」というへりくだった態度の対比が面白い。コメントで「どっちなんだよw」とか言われると嬉しい。

「〜はこの先生きのこる事が出来るのか」は、「この先、生き残ることが出来るのか」を読点と漢字を使わないことにより、「きのこる」の部分が強調されて見えるので、「おい先生キノコに見えるじゃねーか!」となるのが面白い。

「〜なんて大したことない」は、中身を読むと全然大したことがあるのにタイトルが大したことないとなっているのに加え、その内容が壮大だったり心を揺さぶられるものだったりするギャップが面白い。大抵の人は「大したことあるわ!」とか、「釣りじゃねーか!」という反応を見せたりする。

こんな感じのネットスラングが好きだったため、わりと自分はそういうタイトルをつけたりしている。だが、自分がオッサンになったからなのか、あるいはもう2ちゃんねる等でこういう言い回しが使われていないのか、あるいは2ちゃんねる自体が衰退してきているからなのか、案外この一連の流れを知らない人が多い。

だが、このネットスラング群は、ネタにマジレス(っぽいもの)が返ってきて、初めて「様式美」として完成するのだ。

なので、これからも自分はそんな感じのエントリを書くことがあるだろう。そして、その時にまたマジレスっぽい反応が返ってくるのを見て、「うん、やはりこれこそが様式美」と実感することになるだろう。

様式美は発信されただけでは完成しない。レスポンスがあってこそ、初めてそこに秘められた美しさを見ることが出来るのだ。そう、歌舞伎の「成田屋!」みたいな掛け声のように。

あれ難しいんだよね(何の話だ