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Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

Jのある風景。

今週のお題「今年見に行ってよかったもの」

去年は訳あって見に行けなかったが、今年はちゃんと見に行った。何の話かって? サッカーである。Jリーグに加盟し、福島県全域をホームタウンとして活動している、福島ユナイテッドFCの試合を見に行ったのだ。

福島ユナイテッドFCは、スタジアムがあるのは福島市だが、ホームタウンを福島県全域に設定している為、年に最低1回は会津若松でも試合を開催している。

JFL時代だった2013年に、会津若松市の「あいづ陸上競技場」が、FIFA規格を持つビッチとして完成した。まさにその年に、JFLの試合が初めて会津若松で開催されたので見に行った。相手は今シーズンの序盤にJ2で旋風を巻き起こしたツェーゲン金沢。あの時期、ツェーゲンはやたらアウェーで強く、「アウェーゲン」とか言われていた。

試合自体は福島ユナイテッドFCの完勝だった。湘南ベルマーレからレンタル移籍して来ていた吉濱遼平(今年はザスパクサツ群馬で活躍)の華々しいデビューゴールなどで、ツェーゲン金沢を寄せ付けずに勝利した。

あれから2年。

J3のチームとなった福島ユナイテッドFCは、参入初年度だった昨シーズンを7位で終え、今シーズンは5位以内を目標にしていた。

今年の会津若松での試合は1回のみ。相手は藤枝MYFCである。

自宅から車で5分くらいのところにあいづ陸上競技場はある。歩いていっても30分かからない距離だが、子供を実家の母に預ける関係上、車で出かけた。

会場に着くと、JFL時代とは全然活気が違った。とにかくお店がたくさん出ている。以前になでしこリーグのINAC神戸レオネッサと岡山湯郷belleの試合が開催された時もたくさんのお店が来ていたが、あれに匹敵する数だ。

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※2013年のJFL。

 

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※2015年のJ3。角度が違うが、活気の違いがわかってもらえるだろうか。

これがJリーグになるという事か。

会場では常に何かしらのBGMが鳴っていたが、時々CMも入る。それは、スカパーで聞き慣れた「Jリーグ百年構想」だったり、冠スポンサーの明治安田生命のものだったりする。

今までは、近くても新潟まで行かなければならなかったものが、年に1回とはいえ自分の町にJリーグがやって来たのだ。自分は喜びに打ち震えた。

自分はサッカーが大好きだ。だが、心から応援できるチームは日本代表しかなかった。

海外のチームではアーセナルが大好きだが、それは「名古屋グランパスで監督をしていたヴェンゲル監督が指揮をとっているから見始めた」という程度の縁であり、心の底から愛しているチームとまでは言えない。プレミアリーグを見るにあたって、どこか集中して見るチームを決めとこうという、ただそれだけの心理で選んだに過ぎない。それでももう15年の長い付き合いになったが。

Jリーグを見る時もそうだ。だいたいシーズン前に「今年はこのチームを見る事にしよう」と決める。だが、より面白いサッカー、より面白い選手を見つけたら、途中からパッと変える。

例えば今シーズンのJ2は、最初のほうはジュビロ磐田を中心に見ていたが、途中からアピスパ福岡の試合を見ていた。あの快進撃を見ないわけにはいかなかった。

こんな風に、特にゆかりのあるチームがないリーグに関しては、自分で見るチームを設定して楽しんでいる。

だが、J3は別だ。

何と言っても自分の住んでいる県にチームがあるのだ。

地元ではそこまで熱狂的に応援されている雰囲気は感じないが、それでも試合翌日の地方ニュースではハイライト映像が流れたりしている。J参入以前は天皇杯の時くらいしか取り上げられなかったが、さすがに「J」を冠しているのとそうでないのとでは露出度が違う。

そして、なにより気軽に見に行けるのだ。お昼前くらいに家を出て、試合を見た後に帰宅してもまだ日が暮れていないのである。これが新潟まで行くとなるとそうはいかない。そういう意味で、サッカーが日常の中にある喜びを感じることができるのは、自分にとってはなにより嬉しいことなのだ。

ちなみに、試合はキャプテン石堂和人などのゴールで2−1の勝利。観衆は1126人だった。藤枝MYFCのサポーターは僅かに3人だったが、彼らはどこまでも藤枝MYFCに付いていく3人なのだろう。

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試合前と試合後にはサポーターのチャントの交換などが行われていた。あいづ陸上競技場に訪れた人々も温かい拍手をおくっていた。美しい光景だった。

Jリーグが出来た時、誰もが「プロ野球のサッカー版」くらいにしか思っていなかった。

だが、Jリーグの目指すものは違う。「プロの興行」という点では同じだが、着地点は「地域に根ざした総合プロスポーツクラブ」だ。そう、サッカーに限った話ではない。欧州では当たり前の「おらが町のクラブ」、よくゲーフラで掲げられている言葉を借りれば「俺たちの誇り」を創る。それがJリーグが目指しているものなのだ。そもそも、Jリーグ創設前後の時期は、まず「クラブチーム」とは何なのかをいちいち説明しなければならなかったのだ。フランチャイズではない、クラブチームである。

Jリーグが創設されなければ、現在50を超えるまでに増えたチームの多くが存在しなかっただろうし、会津若松にFIFA規格のピッチが作られることもなかっただろうし、福島ユナイテッドFCが誕生することもなかっただろう。全て、Jリーグの掲げる理念がもたらしたものだ。

欧州では自然発生的に生まれた文化を、まずはチームとリーグを作って大きなうねりを生み出し、そこで理念を叫び続ける事によって実現しようというのがJリーグなのだ。

そして、そのうねりがやっと自分の県にもやってきた。自分は、やっとJのある風景を手に入れたのだ。かつて天皇杯でジュビロ磐田にも勝ったことのある福島FCが、1997年を最後になくなってしまって、二度と手にできないと思っていた夢の風景を。

それが嬉しい。

ただただ嬉しい。