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Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

2015年をさらっと振り返って2016年に備えるスタイル。

雑記

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ゆく年くる年。

昨年は12月の28日にブログを始めたばかりだったので、年末のこの時期に振り返りのエントリを書くようなことはしなかったが、今年はそれなりに色々とあったので、それなりに振り返ってみようと思う。

何と言っても、今年は恐らく人生で一番健康問題に不安を抱えた年だった。元々睡眠状態がいいわけではなかったのだが、見かけの睡眠時間はともかく、実際には全く深い睡眠に入ることが出来ず、会社の業務中にどうしても起きていられなかった。

見かねた上司が「長期休業するという手もあるんだぞ」と提案してくれたおかげで、心療内科の診断書を出して4ヶ月休職する事になった。

東京で働いていた時、何年か経ったら地元に帰るつもりでいた。それもこれも、実家が南会津町から会津若松市に引っ越しして、おそらく帰ってもそれなりの仕事があるだろうと思っていたからだ。

たまたま自分が帰った年に、今の会社の募集があったから正社員として働いているが、あのタイミングで帰っていなかったら、今頃はひょっとしたら派遣社員として働いていたかもしれない。思っていたより会津若松には仕事が無かったのだ。

さらに、その会社は日本人なら誰もが知っている大企業の子会社だった。自分が心の病になった事で4ヶ月もの休職をさせてくれたのも、そういう大企業の資本が入っているからだということも出来るだろう。色々大企業なりの問題もあるにはあるが、その点に関しては感謝しか無い。勿論、自分の体を心配して休職を提案してくれた上司には、本当に感謝してもしきれない。

 

ラッキーマンゆきぼう。

自分で言うのも何なんだが、自分はわりと運がいい。

片親にも関わらず、母親がバブル時代の保険会社で働いていたため、お金に困ったことはなかった。その保険会社も、上尾で働いていた母が実家に帰ってきた時に、たまたまその会社にコネをもつ知り合いが口利きしてくれたから入れたものだ。あのタイミングでなければ不可能だったと母も語っている。

母は、一生懸命働いていたので、自分の勉強や遊びの相手になるのは無理だった。だが、幸いにして自分は一人遊びが得意で、地元の町ではわりと勉強が出来る方だった(なお、後に井の中の蛙であることを知る)から、地域で一番の進学校に行くことが出来た。母がボーナスをすべて貯蓄していたおかげで、大学にも無借金で進学できた。

さらに、南会津町の実家が国道の拡幅工事に引っかかったことで、結構なお金をもらうことが出来た。いわゆる立ち退きである。だが、このお金があった事で会津若松市にローン無しで家を建てることが出来た。会津若松に引っ越していなければ、自分はあのタイミングでは地元に帰ってこなかっただろう。つまり、これらすべてが起こっていなければ、今の自分はなかったのだ。

そういう意味では、自分は色々と周りに恵まれていると思う。片親だと色々苦労するという話を耳にするが、自分に限って言えば、金銭的にも問題なく過ごせたし、子供時代に片親である事が原因でいじめられるなどということもなく、有り体に言えば何不自由なく育ったのだ。

社会人になってからも、前職である外食産業時代は労働環境には恵まれなかったが、上司と仲間には恵まれていた。どういうわけかやたら評価されて、旗艦店舗の立ち上げを任されたり、年間優秀社員などというものにも選ばれたりした。

前職の退職時には、パートのおばちゃんが泣いて別れを惜しんでくれたり、それまでお世話になった店長がみんなでお別れ会を開いてくれたり、バイトが自分のために選別の品と全員の寄せ書きをくれたりもした。なんだか嬉しかった。人生で初めて人前で泣きそうになった。

今の会社でも、3度に渡るリストラがあったりもしたが、いつも自分はその対象外だった。同じ部所で働いていて、いまでもリストラに合っていないのは、自分を含めてわずか2人だけだ。しかも、もう1人は元々別の部所にいた人で、いまでは元の部所に戻っている。つまり、全くの外様はもはや自分1人だけと言う事になる。

人生の節目で大きな事件が起きる度に、いつも思う。

自分はなんか運がいい。

とはいえ、2015年は決して順調とは言えない年だった。

いくら今まで運が良かったからといって、これからもそうとは限らない。長期休職したことにより、査定は最低ランクになってしまったし、仕事も以前と同じ仕事が出来るとは限らないだろう。この4ヶ月で何が起きたのか自分にはまるでわからないのだ。

だが、この4ヶ月は無駄では無かったと思う。

色々な繋がりを醸成することが出来たからだ。

 

ネト充からリア充へ。

ブログを始めた当初は、本当に1日20くらいしかアクセスがなく、特にレスポンスらしいレスポンスも無かった。だが、3月くらいになると突然見に来る人が増えて、5月くらいからはドバっと増えた。今では本当に沢山の人が見に来てくれる。

それによって何が起きたかというと、ネット上で会ったこともない人との交流が増えたのだ。

ブログの読者も500人とかになり、Twitterのフォロワーも随分と増えた。Feedlyの読者の数もいまや3桁である。

これはあれだ。ネト充と言う奴だ。

2015年は身体的・精神的には受難の年だった。体調不良で業務変更を余儀なくされ、心の病で4ヶ月休職する事になり、さらに先日は凍った路面で転倒して肘の骨にヒビが入ってしまった。全治1.5ヶ月という有様である。

ネト充を達成できたのはいいが、現実ではボロボロだった。心も体も。

2016年は、現実の方を充実させていきたい。

そんなこんなで、みなさん良いお年をお迎え下さい。

ゆきぼうは肘をおさえて、うんうん言いながら2016年を迎えます。