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Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

完璧な人間を目指して生きるのをやめようと思う。

下記のid:hisatsugu79さんのエントリを読んで思ったことを書く。

blog.imalive7799.com

世の中に完璧なものなど無い。よく言われる言葉だ。

だが、自分はわりとその無いはずの完璧を求めて生きてきた。

なにか仕事を任されれば、一つのミスなく、かつ納期を守って仕上げようと努力して来たし、教育を任されれば、聞かれた質問にはすべて答え、また答えられる様な人間になれる様に教育をして来た。

でも、そんなに上手くは行かずに失敗することも多かった。それが自分のミスならともかく、教育した人のミスとかだったりすると、酷く落ちこんだ。自分の教育が行き届いてないせいであいつはミスをしてしまったんだと。

そんなことばかり考えて生きて来たもんだから、心に負担がかかって病気になってしまった。

自分は、自分が完璧で無い事が許せなかった。他人のいいところばかりをツギハギのように寄せ集めて、完璧な仮想敵を作り上げ、あいつらは完璧にやっているというのに自分ときたら…と、妙な劣等感に苛まれる日々が続いた。

そのうち、その劣等感は日常生活にも押し寄せてきた。テレビや伝え聞く理想の夫を仮想敵にし、それと比べていかに自分が色々できていないのかを分析し、ダメな人間であると結論づけた。

それを克服するには努力しか無い。自分は天才ではないのだ。

そうやって、無理に無理を重ねて肉体的にも精神的にも自分を追い込んでいった。そうすることでなにか完璧なものに近づけるのではないか。無我の境地ではないが、なにかそういう領域に到達することが出来るのではないか。そう勘違いしていた。

そこに待っていたのは、心が壊れた自分だった。

一度壊れてしまうと、崩れ去っていくのは簡単だった。そして、心の不調は体にも確実に不調をもたらし、呼吸が乱れ、睡眠は短くなり、体が動かなくなっていった。そうして、ある日突然ピーンと張り詰めていた糸がプツンと切れてしまうように、職場で倒れこんでいた。

全ては完璧な人間であろうとしたせいだ。

そもそも、冒頭に述べた通り「この世の中に完璧なものなど無い」のだ。なのに、自分は完璧であることこそが正しいと思い込み、ただひたすらそこを目指した。完璧な人間が増えれば、あるいは目指す人間が増えれば、少しでも世の中が良くなるかもしれないなどという中二的な考えもそこにはあった。

だが、所詮は無理な話なのだ。

結局、自分に残されたのは、長期の休職と投薬治療だった。いまだに身体の不調は戻りきっていない。最近では薬の影響でろれつが回らずに、日常生活に多大な影響を及ぼしている。

5月病という言葉があるが、あれも似たようなもので、自分の中に抱いていた理想の社会と現実のギャップに悩んでしまう新社会人も多いのだという。そして、その張り詰めた糸が切れるのが5月頃だと以前に聞いたことがある。うろ覚えだが。

自分は、そういうのとは無縁だった。言われたことを確実に実行し、自分で考えたことは最後までやり通す。そうやって評価されてきた自負もあった。だから、それが通用しない局面に遭遇した時の対処方法を知らなかった。理不尽なシステムの中にいるというのに、理想を目指してただひたすら突っ走ってしまったのだ。

よくよく考えれば、自分と同じポジションの人達は、結構適当な連中が多かった。本当はその方が「やっていける」んだと思う。それが正しいのかどうかはわからない。ただ、企業風土から言ってそういう人の方がきっとうまく「やっていける」。必要なのはスキルよりも上司とのコミュニケーション能力なのだ。

そんなことはつゆ知らず、ひたすら自分の力でなんとかしようと頑張りすぎた結果、自分が壊れてしまった。

もう治療を初めて1年半が経とうとしている。まだまだ寛解には程遠い段階だ。だが、少なくとも睡眠や常時の頭痛からは開放されつつある。それも、薬を飲んで抑えているからであって、「治った」わけではないのだが。

壊れてみて初めて、理想を追い求めるリスクというものを思い知った。

「気軽にやればいいんだよ」とはいつも言われるのだが、それが出来ないのだ。なんでも一生懸命打ち込まないと失礼なことをしているように感じてしまう。のんべんだらりと出来ればそもそもこんな病気にはなっていないのだ。

完璧な人間を目指すのに努力が必要なように、おそらく自分が気軽に生きるのには努力が必要だ。いままでやっていなかったことをやれというのだから。

だが、やらねばならない。

適当に生きるという、今までの人生でやって来なかった生き方を学ばねばならない。

壊れた自分を元に戻すために。

失われた心のパーツを取り戻すために。

なにより、愛する妻と、すくすくと育つ娘のために。

適当に生きてみよう。出来ないことがあっても仕方ないと諦めることにしよう。