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レトロゲーム回顧録その47 ストリートファイターII

中学生の頃、シューティングゲームばっかりやっていた自分を虜にしたベルトスクロールアクション「ファイナルファイト」は、ゲーム業界に多大な影響を及ぼし、世の中ベルトスクロールアクションだらけになった。

だが、セーラムーンだろうがシンプソンズだろうがなんでもかんでもベルトスクロールアクションになると、流石に飽きが出てくる。そんな時期にカプコンから彗星のように発売された(変な言い回し)のが、対戦格闘ゲームの巨星「ストリートファイターII(以下ストII)」である。

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ファイナルファイトから続く描き込まれたグラフィックス。多くのアニメーションパターンを使った巨大なキャラクターたち。そして、個性豊かな8人のキャラクターが発する数々の必殺技。これはどこからどう見ても面白い。そう思わせるのに十分なゲームだったし、実際に面白かった。

今更説明するまでもないが、ストIIはレバーと6つのボタンでキャラを操作する。ボタンはパンチとキックの弱・中・強攻撃に割り振られており、ボタンとレバーの操作の組み合わせで必殺技を出すことが出来る。どうでもいいが、おそらくゲーメスト世代は弱中強ではなく、小中大と言ってしまうことだろう。どうでもいいが。

ファイナルファイトと同じように、投げ攻撃が存在する。通常攻撃はガードする事が可能だが、投げ攻撃はガードできない。このアイディアが素晴らしかった。これにより、「攻撃・防御・投げ」という、ジャンケンのような三すくみ構造が生まれ、それが極上の駆け引きをゲームにもたらしたのだ。

ストIIは偶然の産物であるバグ技も、ゲームに深みをもたらした。その中でも最も有名なのが、いわゆる「キャンセル技」だ。

例えば、硬直時間が長い技でも必殺技を出すことで、硬直時間のアニメーションパターンをキャンセルして、ただちに技の判定を発生させることが出来る。これは、本来はバグなのだが、開発側が面白いと思ったのでそのまま残したと言われている。素晴らしい判断だと思う。

とにかく、ストIIは対戦格闘のテンプレートになった偉大な作品だ。

主人公の技の性質、様々なコンボシステムなど、ゲームの核となる部分のみならず、対戦時の乱入システムだとか、一定のダメージを受けると気絶(ピヨる)するなど、現在の格闘ゲームに受け継がれているシステムは枚挙の暇がない。

対戦格闘ということで、アップライト筐体による対戦の文化を創りだしたのもストIIの偉大な功績である。それは、いまのeスポーツにも一部通じるものがある。

現在ではファイナルファンタジーXVの音楽を担当するまでになった下村陽子氏が作曲したBGMの数々も素晴らしく、ゲーム本編のみならず、その年のゲーメスト大賞はストIIが総なめするほどの人気だった。自分も、サイトロンレーベルのサントラを買ったほどだ。

ストII以降、ゲーセンは随分と様変わりしていく。

それまで、ゲーセンは基本的に自分との戦いだった。シューティングゲームもアクションゲームも、それ以外のゲームも基本は1人でプレイするもので、ストイックにスコアを突き詰めていくものだった。たまには2人で協力プレイするものもあったが、基本的には戦い合うものではなかったのだ。

それが、ストII以降対戦の文化が生まれた。ゲームをプレイしていると見知らぬ人が乱入してきて、まさにやるかやられるかの戦いが始まるのだ。それは、恐ろしくもあったがCPUにはない動きをする人間相手の戦いは新鮮で楽しいものだった。やはり、どんなにバランスを考えてCPUのアルゴリズムを組んだとしても、人間の動き、ミスから生まれる攻防の面白さにはかなわないのだ。

ただ、人間がプレイする以上、弊害も生まれる。誰でも勝ちたいと思うがために、ハメ技や待ちなどのプレイも横行し、またそれが強かった。さらに、強いプレーヤーはその台を専有することになり、初心者が手を出しにくい雰囲気を作り上げたこともあった。

シューティングゲームの末期あたりから、ゲーセンは初心者お断り的な雰囲気になりつつあったのだが、格闘ゲームが成熟してくるとその傾向はより強まり、エレメカやメダルゲーム、クレーンゲームしかやらない層というのも生まれた。

1990年代、ゲームメーカーはゲーセンを「アミューズメントスポット」などと呼称し、一般客を呼び寄せようと努力をし、実際にプリクラやクレーンゲームでは成功している。だが、肝心のビデオゲームは一般客お断り的な雰囲気になっていき、やがてビデオゲーム暗黒時代が到来することになる。

現在ではカードゲーム等で随分持ち直した感があるが、ストIIから始まった対戦格闘ブームに浮かれていた当時のアミューズメント業界は、そんな未来が待っているとは露ほども気がついていないのだった。