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Yukibou's Hideout on Hatena

自分用備忘録的な何か。

娘が「パパ」と言った日。

自分には父親の記憶が無い。

母は自分が2歳の頃に父と離婚している。その詳細な経緯はよく知らないのだが、とにかく父が「ろくでもない奴だった」かららしい。だが、こちら側の言い分しか聞いていないので、実際のところどうだったのかは知らない。

ただし、調停裁判の時に、裁判官?から「離婚はしたい。子供は要らない。養育費は払わない。逆に手切れ金をよこせ。そんなことを言う男とは別れた方がいいのは間違いない」と言われたらしいので、本当に「ろくでもない奴」だったのかもしれない。

母が父と離婚してからは、祖父が父親代わりになった。だが、完全に父親の代わりをすることは出来ない。例えば授業参観や三者面談には必ず母が来た。祖父は祖父で林業を営んでいて忙しかったし、冬は出稼ぎに行っていたし、なによりそういうイベントに祖父が来るという事は当時はあり得なかった。

自分が本当に運に恵まれていたと思うのは、そんな境遇をバカにする人に誰一人出会わなかったということだ。正直言って片親だったりするとその事を理由にいじめられることを母も多少は心配していたらしいのだが、本当に幸運な事に誰もそういう事をしてこなかった。

 

自分は、子供が苦手だった。嫌い、まではいかなかったのだが、相手をするのが照れくさかった。

親戚なんかの小さな子が家に遊びに来ると、「◯◯でちゅね〜」などといって赤ちゃん言葉でみんな相手をするのだが、自分はそれが出来なかった。あの頃は色々こじらせていたので、なんかそういう事をすると負けた(誰に?)様な気がしてならなかった。

よその子供をニックネームで呼ぶのも嫌だった。自分がいまだに「ゆきぼう」というアダ名で呼ばれているせいか、とにかくそういう流れに迎合するのが嫌だった。なんなんだろう。栄光ある孤立的な何かを気取っていたのかもしれない。

だが、不思議な事に自分に子供が出来てみると、そんなものは全てどこかに吹き飛んでしまった。堂々と「◯◯でちゅね〜」などと娘に言っている自分に時々驚くことも多い。あの頃の意味のないプライドは何だったんだろう。

娘が生まれて自分は随分変わった。まあ、結婚を機にこじらせているのはだいぶなおっていたのだが、それでもまだ何かを捨てきれないところがあった。

たとえば、娘が生まれる前はオムツを交換するなんて考えられなかった。というか、自分は潔癖症的なところもあるので、「いくら娘とはいえオムツを部屋の中で交換するなんて無理無理」とか思っていたのだ。

だが、実際に娘が生まれ、その状況に立たされてみると、正直どうということはなかった。そう、どうということはなかったのだ。

百聞は一見にしかずとはよく言ったもので、娘が下痢になろうが食べ物を吐こうがどうってことなかった。娘の体から出たものなら全然平気で触れるし処理できる。それが驚きだった。ただし、ノロはまだ経験していない。あれは凄いらしい。出来れば体験したくないが、いつかはその時が来るのだろう。

よく、子が人を親にするとかなんとか言うが、あれはマジで本当である。娘が生まれなかったら出来なかったことが本当に沢山ある。そういう意味では娘に感謝している。

だが、自分は父親というものを知らない。

父親が色々なシチュエーションでどういう振る舞いをするものなのかを知らない。

祖父のように厳しくも優しく娘に接していくことが出来るだろうか。

母のように身を粉にして働き、娘の進む道を導いてやることが出来るだろうか。

それら全てを行うのが父親の姿なのだろうか。

全然わからない。

だが、娘は少なくとも父として自分を慕ってくれている。今までの人生で、一方的に守ってやらなければならない存在を手にしたのは初めてだ。この子のためならなんでも出来そうな気がする。自分の持てる力のすべてを娘のために注ぐことが出来るような気がする。

そんな娘が、昨日突然「パパパ…」と呟いた。

なんの脈絡もなく突然その日がやって来たので喜ぶ以前に「うわあ!」と驚いた。そして、140文字いっぱいをつかってTwitterで叫んだ。

ひょっとしたら奇跡の一回だったかもしれない。

ただの偶然かもしれない。

パが一文字多いから無効だろ!という人もいるかもしれない。

だが、自分はこれでいい。パが一文字多くても、最初に「ぁ」も「ん」も「バ」もついていない、「(パ)パパ」が聞けただけで満足だ。

大げさかもしれないけれど、娘が「パパ」と言ってくれたことで、父親を知らない自分が、ようやく父親としての第一歩を踏み出せたのかもしれない。

そんな気がする。

気がするのだ。